2018年11月01日

キエフ

キエフに関する知識が野蛮すぎて自分を恥じる。
キエフの魅力を教えてくださった空佐にも御礼をいいたいし、キエフに入り浸ってる兄のおかげで飛ぶことができた。
ロシアとウクライナは国交の関係で、すぐ隣なのにベラルーシを経由しないと行けない。陸路でも飛行機でも。
ハルヴァの魅力。一枚の黒パンがおいしすぎて、脳が揮発するかと思った。

Покров Богодицi/Галичина/13 ст.(?)
The intercession of the Mother of God/Halychyna/13th c.(?)(撮影可)
ウクライナ国立美術館蔵、ウクライナ南西部のガリツィア地域の13世紀(?)のイコン。
時間がなかったのだけどちょっと早起きして急いでみてきた。
こんなイコンに出会えるなんて、キエフだいすき。

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coloro at 17:27|Permalink

красавица

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ネフスキー大通り、血の上の救世主教会の前で兄と待ち合わせをする。

酔ったおじさんがわたしに寄ってきて、
酒臭い声で「美しきひとよ、お恵みを」といった。

ご用件は硬貨を恵んでほしいという趣旨。新しい手法だ。

それを兄に言ったら大笑いされた。
красавица、美女でよかったね、って。
красавицаというのはチャイコフスキーの「Спящая красавица 眠れる森の美女」の一節である。

兄との用事が終わったらなんだか落ち込んでしまった。
地下鉄の駅前の花売りから、バラを一本買う。
オレンジの、小さなバラ。50ルーブル。

売り子のおねえさんにお金を払うと、
「すきなの抜いていきなさい」と言われる。
頼まなければ特に紙につつんだりしないので、そのままバラを一本ひっこぬいて、ぶら下げて帰る。
マルシュルートカ(乗り合いタクシー)に乗った。
バラは隣の席に寝かせる。
運転手さんにお金を払って、夕暮れの空をぼんやり眺める。

ふと気が付くと、前の席のご婦人が、私の顔を凝視している。
あらあ、なんの香りかと思ったらあなたじゃない。
なんだかとってもいい香りがするの。
今わかったわあ!!!
と、叫んだ。

これがそのときのバラ。

coloro at 11:12|Permalink

2018年10月30日

スコピエ

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なんだかもう本当に、変な町でした、スコピエ、マケドニアの首都。

スコピエの空港はあたらしくてキレイだった。
町は貧しさの種類がまたロシアや、トルコとは違う。
この町は子どもの物乞いが多い。
孤児らしき子が橋の上に絨毯を引いてど真ん中に寝そべっている。気が向いたら太鼓をたたきだして、ごはんのためのお金を集める。
普通ってなんでしょう。貧しさってなんでしょう。

カリーニングラードではたくさんの人が、ひざから下を切断していた。
車いすなんてないから、ひざの下を丸太で支えて、歩く。駅前に立つ。
かみさまはどうして不幸や貧しさ、病気をみんなに平等にあたえないんだろう。

スコピエの美術館にいった。
東京・上野の西洋美術館はじめ、大きな国の大きな街の大きな美術館はいろんな国・いろんな時代の出身の作家の作品がおいてあって、
視点のベクトルが混在していて、
たまに行っても私は縦横無尽のいろんなエネルギーを感じ、どっと疲れることがある。

旅行先の小さめの美術館で作家を現地出身者に限定していると、
時代が違うとはいえある程度ベクトルが同じ方向を向いているので、
その空間に存在しているのも楽で、展示物もするり、とはいってくる。
そもそも美術館というものの自分の中での位置づけが今までよくわからかったけれど、
この未知なる国の人たちが世界観をどうとらえているかというのを知る意味で面白かった。
この1年で相当な数のイコンを見てきた。
がむしゃら、という表現が適切か。
先々週のウクライナ・キエフの美術館で14世紀のイコンをみたあたりから、
イコンを見るということについて、自分の中でちょっと腑におちてきた気がする。
写真はスコピエの空港行きのシャトルバス停留所、土産物屋。(2016.10)

coloro at 16:24|Permalink

蓮華の花

ちょっと耳を疑うぐらいひどいことをいわれたけれど、
それだけひどいことをわたしはその人か、
あるいは過去誰かに、わたしは言ったのだと思う。
おもえば30年、ずっとそういう生き方をしてきた。
車線変更をして、まだたった、1年強。
道の車線変更ができることは7,8年前から知っていた。
自分の中は泥だらけだった。
その勇気をもって、車線変更ができただけ、わたしは幸せなのである。
はやくその行き先がみえたらいいのに。
早く蓮華の花に、なりたい。
おくすりとおさけで自分のなかのダイヤモンドを曇らせて生きるのではなく、
まれな才能をもったあのひとが光り輝くひとになれるよう、
せめてもっと無垢な愛をさしあげたかった。


coloro at 14:44|Permalink

2018年10月06日

命日

明日はりーちゃんの命日で、
今日か明後日かうろおぼえだったけれども、
ブログの記録をたどったら7日だった
今日は試験の後に時間があったので思い立ってお墓参りに行く
番号を入力すると、
りろりろりー。
という音楽とともに、お墓が現れる。

お供えは早生のみかんと、私が試験中に食べていたチョコレート。
赤いバラとかもっていけばよかったかな。
しかしお供えは(室内のお墓の仕組み上)墓前にのこせない。

少し私の近況報告など。
彼女の写真は20歳のまま、彼女の美しさはかわらない。
あちらで元気にしていますか。
供養を出そうかしら。
生きていればこそお付き合いしたり、幸せな気持ちをいただいたり、
修業したり、できる。



coloro at 21:03|Permalink日記 

2018年10月01日

かまくら

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家族で食事をする
『コンヤクのときに自由ヶ丘の中華料理屋でコンブとか釣り書きとか、交換した』
と母がいった

何回会って結婚することにしたの、と聞いたら
もう覚えていない、と父が言った


coloro at 00:09|Permalink日記 

2018年09月24日

新宿御苑

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彼岸花レーダーが冴えていた しあわせないちにちだった

coloro at 15:36|Permalink日記 

2018年09月05日

penguin.

penguin.さんと10年ぶりぐらいに電話をした。penguin.さんというのは学生時代の友人だった。

彼の初恋の相手がわたしらしい。(らしい、というのは後年、だいぶ後になってから、そういう告白を後出しでされた)

受験勉強のときにわたしはpenguin.さんと時々食堂でうどんを食べていて、べつにつきあっていたわけでもないし一緒に帰るとかも全くなかったのだけれども、高3だった私はpenguin.さんといずれ結婚する気がなぜか勝手にしていた。結局いまのところそういう状況には至っていなくて、わたしたちは別々の現実を生きている。

きのうのわたしはとある性的な過去の事象についてとても困っていて、頭が破裂しそうで、penguin.さんが民事の弁護士であることを思い出して、電話をしてみた。

電話番号はもうとっていなかったのだけれども、彼のSNSに電話番号が公開されていた。半年ぐらい前に自分とは関係のない件で電話をしたけど電話にでなかったから、根に持っていた。今回も電話にでてくれるとはおもっていなかった。

ヒトとしての彼が、というかわたしの古い友達としての彼が、女としてのわたしのもっている悲しい感覚は民事の問題としておかしいのかどうなのか、ということを冷静にきいてくれた。そういう感情を抱えていることや問題としておこすことはおかしくないといわれた。

まず今日電話をしてくれてありがとう、はなしてくれてありがとう。となんどかいわれた。10ねんぶりにせっかくpenguin.と話をしたのに私はそんなくだらない男からの遭ったみじめな事件の告白しかできなくてかなしかった。

弁護士としての人格の彼がわたしのもっているその問題にどのように対応しうるのかの提案をいくつかしてくれた。

それとは別に、私が抱えている負の感情を弁護士にお願いして慰謝料やら労力やら相談料やら文書作成料やらのお金に換算することでわたしが受けるであろう精神的ダメージも心配してくれた。

「だからなんとなくはじめから、この件を弁護士案件にすることはハルカにはどうも合わないとおもう。なぜかはうまく説明できないけれど。」

扉は開いていて、道案内はできる。どうしても、というならそういうことに強い先輩を紹介する。

ただ訴えたところでわたしがその事象を許せるかもわからないし、呼び出したところで相手が同じ土俵にのってくれるかもわからない。謝られたところで許せるかもわからない。これまでその対象とそういうことを話していてまったく話がかみ合わない、あるいは頭がおかしいなら、同じことの繰り返しになってもっと消耗する可能性もある。弁護士としての経験上としても男はそういう感覚がわからないし、ハルカの性格からしても、こういうのを顕在化して問題として扱うのはしんどいし、つらいとおもう。

ハルカが頭がおかしいわけではない。そのときNOと言わなかったことが合意であるとはいえない。証拠の有無で出せる証拠なんてたいした証拠でもない。その事象にたいしてどのように感じているか本人の気持ちが一番大事。

そういう問題をもっている自分と相対して世の中にもっと困っているひとがいるんだからそっちに労力とか時間とか使ってもらうほうがいい気もする、ということをいうと、まあそういう考え方もあるよね、ともいった。

penguin.が電話に出たとき、彼はハルカからの電話だからとちゃんと認識していた。ひさしぶり。といわれた。どうした、とも。

なんでわかったの、ときいたら、電話番号ずっと登録してそのままだった、といった。

もう二度と会わないのになんで電話番号をとってあるの、ときいたら、「このさきどうなるかわからんやん」といわれた。

わたしは長い間ずっとpenguin.さんのことをでくのぼうだとおもっていた。わたしが交通事故にあったときかれは弁護士の勉強中で、助けてくれるといわれたけど結局何もたすけてくれなかった。でもわたしが学生時代に泣いていた時にオートバイを飛ばして会いに来てくれた。

「基本的に自分は電話には出ないし、折り返さないから、『今夜電話に出たのは奇跡』」だったそうだ。

このさき必ずハルカからの電話に出たりメールに返信することをコミットできるわけではないけれど、なにかあったら連絡して、と。そういうキザなことをいわれたわけではないけれど、まあざっくりと、そういう趣旨のことをいわれた。

先月メールをしたときも「ハルカはさいきんどうなの」ときかれて、私は答えなくて、penguin.にひどいことをいろいろかいて、数日後にもういちどpenguin.はわたしに「どうなの」と聞かれたので「話したいことはいっぱいあるけど報告することはない」とひどい返事をしたけど、彼はまったく怒っていなかった。「ハルカと自分との関係性に限らず、いろんなことをひっくるめて、もちつもたれつだから。」というおじいちゃんみたいなことをいった。だからわたしは、おじいちゃんみたいだね、といった。

penguin.になんでわたしの夢にでてくるの、と聞いたら、どっちかが呼び出してるんだよ、と言った。どっちが呼んでいるんだろう。ときいたら、この場合どっちだろうね、といった。

10年ぶりとは思えない感覚ではなしをした。

penguin.に電話をかけたのが23時で、そのあと彼は最寄駅までの終電を逃して、ウチから5駅ぐらいのところにつく電車にのってたあと、またかけなおしてくれて、結局5駅分わたしと話して、おうちに歩いてかえって、その間ずっと結局3時すぎまで話をしてくれた。わたしたちは電話をおわらせることができなかった。切ったらもう次に話せるのが10年後ぐらいだったらいやだから、おやすみとか、ありがとうとか、電話を締める言葉に言いようがなかった。でも携帯を充電してないからもうすぐ電池がなくなるといわれて、結局その15分後ぐらいに電話は突然ぶちっときれた。かけなおしてみたけれど、でなくて、「ごめんけど、風呂にいく」、というメッセージが入っていた。おやすみとか、ありがとうとか、もう上手にいえないような気がしたので、ぶちっと電話がきれたのが今朝午前3時の電話の終わりで、それでよしとした。わたしは泣きすぎて顔が腫れあがったまま眠った。

わたしとpenguin.はたまにSNS上のメールをすることはあって、というか年に1度ぐらい、penguin.が私の夢に出てくるので、連絡をするとpenguin.は生きていて、ちゃんと日本のどこかで生活していて、でももうべつの生活をしているのでわたしはつねにつんつんした返事しかしないのだけれども。

でもpenguin.と私はもう別々の生活をしていて、ミラクルがおこらない限り現実生活ではもう会うこともないだろうし、と勝手におもって私はもうずいぶんと前に、10年ぐらい前に、彼の電話番号を消していた。

penguin.がわたしの電話番号をずっとずっと消さないでとってくれていた。わたしの持っている負の感情や去年経験した事象を問題と思ってはいけないのではないか、というじぶんのなかの否定感、相手がおかしくなってわたしを責めたかなしみについても、「ハルカはおかしくない」、といってくれた。

今朝までやっぱりわたしのあたまは破裂していて、弁護士さんの紹介をお願いしようか迷っていたのだけれども、よく考えてみたらpenguin.のその2つだけで、昨夜じぶんの頭が破裂していた事柄は、なんだかどうでもいい気も、してきた。結局その事件の相手よりも知り合ってからの18年のpenguin.のほうがわたしの人生にとってよっぽど、天と地ほどの差で大事で、その事実はどんなことがあっても覆らないから。ところで電話番号をとうに消したわたしと電話番号をとっていた(ほったらかしだった)penguin.、どっちの愛が深いのかしら。

coloro at 23:58|Permalink

2018年09月02日

新学期











新学期、どうしても学校や仕事に行きたくない方、こっそり連絡ください。喫茶ハルカでおいしいものをたべましょう。


昔どうしてもどうしても仕事に行きたくない日があって、仕事に行くつもりで家を出てきたはいいけど、どうしてもやっぱり仕事に行きたくなくて、
母校の図書館にこもって地下倉庫からチェブラーシカ(ロシア語)のDVDを出してもらって、
図書館のAVコーナーに籠ってみていた日がありました。
はじめてみたロシアアニメ(人形劇)に衝撃を受けて、
あとワニのゲーナーの歌に「с днём рождения(お誕生日おめでとう)」の巻き舌のすごさに衝撃をうけて、
結局チェブラーシカに人生を預けたわけではないけれど、
その年そのまま仕事を辞めました。


そのサボった日はまじめに仕事にいくよりよっぽど今に影響を与えているわけです。


先日作者のウスペンスキー氏の訃報が流れましたが、チェブラーシカそっくりで衝撃をうけました。

coloro at 23:58|Permalinkロシア語 

2018年07月04日

シュフラット

ウズベクの友人とのチャットがロシア語をアルファベットで書いてきてしかもなんとなくウズベク語も混じってるからカオスなんだけどなんとなく解読できる不思議

coloro at 00:00|Permalink