2018年05月03日

金時豆のハンバーグをつくる

ひよこ豆のハンバーグに続いて、今日は金時豆のハンバーグをつくった

レシピ

**ハンバーグ小8個ぐらい

金時豆の水煮(400gぐらい)

→ざるにあけ、水で洗って塩分をとる。ボウルに入れ、おしゃもじで潰す

塩、コショウ  しっかり味付けする

ハンバーグに入れるようなスパイス 入れたければ

片栗粉、小麦粉など 大さじ3−5 ( 強力粉しかなかったけど問題なかった)

卵 1個(ビーガンならここを山芋のすりおろしとかにする)  粉があればなくてもいいらしいけれども卵を入れた方がハンバーグっぽい感じが出るしよくまとまる

玉ねぎ半分〜1個→みじん切り

シイタケ1〜2個 →みじん切り

以上をよくこねる。ハンバーグ型に成形して、しっかり油を引いたフライパンで中火〜弱火で焼く。蓋をして強火で焼いて焼き目が付いたら、水を入れて中火〜弱火で蒸し焼きにする。

今日はシイタケの肉詰めもつくってみました。ああ、おいしかった。

coloro at 00:07|Permalink料理 

2018年04月30日

ひよこ豆のハンバーグをつくる

2日連続モスバーガーに行き、2日ともソイパティにして、マメの新境地を体験。

おんなじようなのを食べたくてひよこ豆のハンバーグをつくる。というかうちの棚には友人M に教えてもらったひよこ豆か金時豆の水煮パックしかない。友人Mいわく、ソルレオーネが美味しいという

ビーガンというわけではないけれども、時々一時的にお肉が食べられなくなることがある。

**ハンバーグ小8個ぐらい

ひよこ豆の水煮(400gぐらい)→ざるにあけ、水で洗って塩分をとる。ボウルに入れ、おしゃもじで潰す

塩、コショウ しっかり味付けする

片栗粉、小麦粉など 大さじ3−5 ( 強力粉しかなかったけど問題なかった)

卵1個(ビーガンならここを山芋のすりおろしとかにする) 片栗粉あればなくてもいい説

玉ねぎ半分〜1個→みじん切り

シイタケとかきのこ類 →みじん切り

以上をよくこねる。ハンバーグ型に成形して、しっかり油を引いたフライパンで中火〜弱火で焼く。フライパンには蓋をするとなおよろし。よくできました。

金時豆でもいいらしい。わお。

coloro at 00:07|Permalink料理 

2018年03月28日

さくら

満開でした。


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coloro at 10:35|Permalink日記 

2018年03月08日

ずぼらさん

肌に何もつけない事が多いのだけれど
さいきん、オールインワンジェルというのにはまっている
ひとつのジェルに、化粧水、乳液、美容液、化粧下地、クリーム、パックの効果が入ってる。 商品によっては日焼け止め効果が入ってるのもある。
買ってみたら楽しくて、数千円の高価な化粧品でなくても全然大丈夫で、
いろいろ試したくなっていま結局うちに三種類のオールインワンジェルがある。化粧水も1000円以下のを二種類買った(ちなみに手作り化粧水というのはグリセリンと精製水などで原価数百円でできる)。
何種類か試して気づいたのが、習慣化するには動線に置くのがいいということ。
あるいは動きが最小限だといいということ。
わたしの場合は「化粧水のフタをぱかっと開けて、片手で 瓶をひっくり返して、もう片手で化粧水を受け止める」という行動がすごく面倒だった、という結論に達した。
これをポンプ式の化粧水を買ってきたら、意外とぽこぽこポンプを押して、肌や手につける自分に驚いた。化粧水やジェルをつけるべく、顔をなでなでするのはたのしい。



coloro at 00:08|Permalink

2018年01月27日

懐かしい人たち

懐かしい人たちとバタバタと会った
高校卒業以来会ってなかった人。高校時代に仲の良かった人。ロシアに行く前に最後に会った友達。
牧師になった人。大学の先生になった人。メガバンクですごくたくさんお金を稼ぐひと。

記憶がシャッフルされる。

coloro at 00:09|Permalink日記 

2017年12月04日

スーパームーン

スーパームーンのためこの2日ほどまったく使い物になりません。月の満ち欠けにあわせて海岸にあがってくるウミガメのよう。
最近、信頼する方に教えていただいたこと、わかったこと
・お金がなくても生きられるらしい
・100%、師匠を信頼している弟子たちを生きさせることができない師弟関係は幻想というか破綻(スピリチュアル業界には多い気がする)。それが宗教だとしたら、それはニセモノ。
・信頼、信用、信じることの尊さ。

coloro at 12:14|Permalink日記 

2017年10月16日

あの時こっちに導いてもらった

「あの時そっちを選んでいたら」ということを、人と近しい関係になったり、それが終わったりするたびに、時々思っていた。でも最近は、あの時そっち側に行かないように、かみさまがこっち側に導いてくださっていたんだと、おもうようになった。「その人にとっていちばんいいペースとタイミングで、奇跡にみちびいてくださっている」。

coloro at 22:50|Permalink日記 

2017年07月22日

蓮華の花2

小さいころに
といっても小学校中学年ぐらいまで
朝晩祈っていた

ふとんのなかで結構真剣に祈っていた。
おじいちゃんおばあちゃんかみさまごせんぞさま
そのほかのかたがたにあてて。

そうしていた頃の自分が幸せという感情だったのかは覚えていないけれど
わたしは両親姉妹にまもられていて、
そして世界は小さくて平和だった


やがて、大人になって、
そうしてもそうしなくても、
天災はおこるということを知った
人のちからではどうしようもない流行病、疫病や戦争もたくさんあることを知った

親はやがて老いるということもわかってきた
じぶんもやがていつか老いるということもわかってきた

おんなじようなひとに振り回されて
おんなじような感情を握りしめた
若い時代はもうすぐおわる。
幸せってなんだろう。
美しいってなんだろう。

5,6月は感情的に苦しい月だった。
もう誰とも、
特に家族と、
わたしは喧嘩をしたくないし、
誰にもきつい言葉を言われたくないし
いいたくない。


恩師が教員を辞めて、
故郷に帰っていった。
20代前半の自分を精神的に支えてくれたかたで、
文化人類学の大先輩である。
帰る前、東京でお目にかかったヒマラヤ鍋を囲む会で
仰った
わたしは修行を再開しますよ
お祖父様が修行者で御本人も高野山で、大学時代に出家しそうになったことがあるという

旧ソ連圏をひたすらあるいて、たくさんの教会を見てきた
台湾、香港、バリ、京都、そのほかたくさんの寺社をみてきた
ポーランド・クラコフの教会でも、スロヴァキアの首都ブラチスラバでも、
リトアニアの首都ビルニュスでも、
週末に、あるいは一日のおわりに、あるいはクリスマスの日に、
あたりまえのように教会に行く人たちがうらやましかった。
小さいころからそういうふうに生きたかった。

信仰を背負うこと、
かみさまとともに生きる選択を拒絶しているのは、
あんがい自分自身かもしれない。



coloro at 00:21|Permalink日記 

2017年07月20日

蓮華の花


わたしにしては珍しく、誰にも相談せずに、
一週間ほどで自分で決めた。
自分できめて、そうした。


それを湘南の兄に電話をしたら、
おめでとうございます、祝福された。
ナイスチョイスですよ、と。
新しいことを始める時につきまとう不安もきいてもらう。わかりますよ、と。
明るいニュースだ、と彼は言った。ざわざわしなくなりますよ、と。


バリ島でみた、
たくさんの美しいひとたちみたいに、
かみさまとともに生きる人になりたい。


先月、師匠に会いに行った。
この世はパラレルワールドで、
この世界は仮想であるっていう考え方もある んだよ、と聞いた。



占い館にはじめて、10代の男性のお客さんがいらした。
話自体は、同性愛の相談で、
タロットに出てきた絵柄に事象を乗せて回答していったら
一応満足して帰ってくれたのだけれども、
じぶんの回答がひどく薄っぺらに思えた。
宗教とか、哲学の勉強をしなければと思った。
大学とか生涯学習的なこと、もっと宗教的なことも勉強したいと思った。
自分はなにに繋がっているんだろう。


9月に結婚式を控えたミホさんと電話をする。
「岩波の青の仏教系の本は、私も人間関係が苦しかった時に助けられたよ」
と言っていた。


2015年7月
おかおじさんに言われた。
わたしのハートは無限の宇宙に繋がっている。
きみは最低でも天照大御神に繋がって、いる。


ブハラのシュフラットからメールの返事をもらった。
Ууупс!Харука? Эт ты???
Я то думал что ты променя вообще забыла.
Когда ж мы еще встретимся ?
Скучаю.
「君はボクのことなんかもうすっかりきれいさっぱり忘れちゃったと思っていたよ。」
ブハラに骨を埋めるという選択もかつて、
まったくないわけではなかった。
あのとき渋谷でそっちを選んでいたら、と時々思う。
いまでもわたしのことが夢に出てくるそうだ。
でもそうしなかったから、
記憶は美しいし、このひとはいまもやさしい。


年齢的なあせりやプレッシャー、
恋愛、親の老い、仕事
何年も同じような問題にざわざわし、
なんども同じようなタイプの人たちに振り回され、なんだかもういい加減、疲れた。
真実ではないことがらに振り回されるのは、
もういやだ。


coloro at 22:00|Permalink

蓮の花になりたい

瞑想で心の癖を変える ヒマラヤ大聖者のシンプルな智慧 (幻冬舎こころの文庫)




珍しく誰にも相談せずに、自分でそこにお世話になることに決めた。
いつも行くヒマラヤカレー屋さんで10冊ぐらい読んで、
インターネットのオンライガイダンスを見て、一週間ぐらいで決めた。
自分できめて、そうさせていただく。それが7月20日。

*
婚活出産など女性としての年齢的なあせりや世間のプレッシャー、
同じような恋愛の問題の繰り返し、親の老い、仕事の自己実現。
何年も同じような問題にざわざわし、
なんども同じようなタイプの人たちに振り回され、もうなんだか疲れてしまった。
人様の結婚出産などを素直に祝えない自分も嫌だった。
だんだん年老いていく両親を目にして、
いい年して結婚も子供もいない自分が親に申し訳なくて、そういうことができるような心の状態とは程遠くて、申し訳なくて、実家で親に顔を合わせるのが嫌だった。消えてしまいたかった。

昨年まで2年弱しばらくロシアで暮らしていたけれど、昨年帰国し、東京が苦しい。
ロシア語の勉強をしているのでいずれまた海外と日本を行ったり来たりしたいとは思っているけれど、
物理的に行き来しても心のザワザワは全く変わらなかった。
どんなに美しい光景を見ても、常に苦しかった。
このループから少しでも抜けたくて。
旧ソ連圏を沢山旅行して、たくさんの美しい光景を見続けてきたのに、
心のザワザワはちっとも落ち着かなかった。


*
5月に父が手術をした。
手術はぶじに済んだけれども、麻酔から覚めない父を見舞って、
不安のあまり姉妹喧嘩をした。
わたしは三人姉妹の三女で、小さいころから両親、祖父母たち、姉たちにちやほやされてそだってきて、
若いから、小さいから、よくしてもらうのが、いろんなものをゆずってもらえるのが、当然だと思っていた。感謝が足りなくて、傲慢で、わがままだった。自己犠牲的で愛のない、見返りを求めた偽善だった。

姉と大喧嘩をして、思った。
こういう性格のままではいつか、相続争いになってしまう。

*
2014年に自宅介護の末に祖母がなくなったとき、母は自分で、兄弟と、姉と、遺産分割をやってのけた。
仲が悪くはなかったけれども、ちょっと良い場所に土地があって、
(祖父はそういうところに土地を買う、先見の明がある人だった)
ただでさえ介護の末に自分の母親をなくしたかなしみのなかで、私の母は強くて実用的な人で、
ことことと死亡届を出しに行き、火葬許可証をとってきて、葬儀を(喪主は長男である兄に譲り)すませ、そして相続の整理をしていた。
みていられなくて、母が兄弟たちの私欲にまみれて傷ついていく様をみていられなくて、わたしはなにもできないくせに、毎日ひとりで勝手に母の分まで傷ついて、ハラハラして泣いていた。

結局私が連れてきた、司法書士のさかた先生と、行政書士の同期の方が、つつがなくまとめてくださった。おじたちも伯母も、二人の先生には会おうとしなくて、母が一人でぜんぶ先生に会って、事務的なことをぜんぶすすめた。
ぜんぶ終わったあとに、母はくたくただっただろうに、私を呼び出して、いくらかのお金をくれた。

*

小さいころから「ひこうき」をしてくれたお姉ちゃん。
わたしは姉妹で憎むような、そんな生き方はしたくない。
自分の性格を変えなきゃならない、と思った。

*
長く知っている易者のおじさんに、

自分がいつも同じような人を好きになってしまって、同じようにひどいことを言われてしまう。
それは20歳前後からずっと変わりません。どうしてでしょうか。

という相談をした。
ちょうどその時もものすごくひどいことを言われて、泣きながら電話をした。


「ボクがね、エキシャとして何十年も人様の相談に乗ってきた経験から言うとね。
結局、不倫とか、DVとか、そういうダメな恋愛を繰り返してしまう人って、
心の癖とか記憶とかトラウマとかと、自分の行動がべったり一緒になってしまっていて、そういう行動パターンがみについているから。
だからはるかちゃんが、出会う人を変えて、運命を変えていくには、
心の状態を俯瞰して、離れて、観察して、行動パターンを変えていく必要がある」と、そういう趣旨のことを、仰った。


*
ちょうどその翌月、占い館に一緒に出ていた先輩と一緒に、松戸から御茶ノ水まで一緒に帰った。
というか彼女はJRに乗ればすぐ帰れるのに、なぜか私と一緒に地下鉄ルートで迂回して帰ってくれた。
「占い師一本で食べている人で、幸せそうな人は見たことがない」と語る彼女は、占い師だけでご飯を食べているひとで、世界中を楽しそうに旅をしながら生きている人だった。
彼女はとあるところで瞑想を時々している、と教えてくれた。とある場所に籠って、それはボランティアだけで構成されていて、10日間も何も喋らずに瞑想するそうだ。特に先生は居ないらしい。先生がいないことはちょっと恐ろしいことだと思った。
ただ瞑想って、そんなに近いものなんだ、意外とみんな簡単にやっているブームなんだ、ということは理解した。

*
2011年におつきあいしていたひとはいろんな点で感情と記憶が強すぎて、言葉も強すぎて、結局、このままでは幸せになれないと、身体がひきさかれる思いでお別れした。それから、わたしはまるで”記憶の交通事故”に遭ったかのようになってしまって、結局その後誰ともおつきあいする気が起こらなかった。

ただしその後も同じようなタイプの暴言をふるう人を勝手に好きになってしまって、
同じようにひどいことを言われてしまって、同じようにふりまわされて、
同じように傷つくことは沢山あった。
思い返せば20歳前後から、生理前のホルモンバランスの影響もあって人にひどいことを言ってしまい、ひどいことを言われていた。

病院も漢方も食事もエネルギー的な事ももうほんとうにいろいろと試したけれど、特に何も変わらなかった。歳をとって女性としての身体が落ち着いてきたから少しましになったくらい。

*
8年位前に、湘南の兄が、私に一冊の本をくれた。
大学時代に行っていた整体で働いていたお兄さんで、
なぜか大学前のスターバックスで遭遇したことがあって、
なぜかそこで連絡先と住所を交換してあった。
そのあと彼は仕事を辞めてインドに行く予定だと聞いていた。

帰国した兄から手紙が来て、鎌倉で整体を再開しているということで、
会いに行ってきた。
その時私は交通事故に遭っていて、身体がおもうように動かなかった。
ふたたび鎌倉のスターバックスでくれた本は、
瞑想に関する本だった。先生につかないで行う瞑想は、抑え込んできたもの、薬やお酒、たばこなどで誤魔化してきたもの、過去の記憶、いろんなものが噴き出して危険だということは、そこに書かれていて、知っていた。
著者の方の講演会が二子玉川のカルチャーセンターであって、講演会に行ってみたけど、その時はよくわからなかった。
兄弟子がインドから来ると言うのでもう一度新宿の講演会に行ってみたけれど、ただただ眠くなってしまっただけで、やっぱりその時もよくわからなかった。
それが7年ぐらい前の話。

それで
改めてその方の本(冒頭が改訂版)を買って、
いろいろと読んでみたら、こういうことが、書いてあった。

「心はくっつく性質があります。」

死ぬ時に持っていけるのは、本来のあなたは魂であって、心がそこにへばりついているから同じ行動パターンから抜け出せない。さまざまな心の状態や記憶やトラウマは、あなたではない。

*
後年思い返してみると、
小さいころから読んできた、水木しげるさんや手塚治虫さんが描いていた世界だった。

*
ひとまわり離れた従姉妹たちが、次々と婦人科の手術をした。ずっと独身で、手術の結果どのくらい子宮や卵巣を切除したのか 、子どもは産めるのか、母は伯母に「怖くて聞けなかった」そうだ。


*
かみさまや、両親、祖父母たちからいただいた自分の情緒の豊かさで、繊細さというか勘のするどさで、悲しい思いをたくさんしてきた。

とくに東北に地震のあった年はたくさん泣いた。
その時におつきあいしていたひととは身体が引き裂かれるような思いでもうこういう人とは生きられないと思ってやっとの思いでおわかれした。なきながら選んだこっちの道。

小さいころから、じぶんの祖父のように穏やかなひとのお嫁さんになって、自分のおばあちゃんみたいに、孫が10人くらい欲しかった。

そういう人を探して、出会えたとしても大事にしていくのに、自分の傲慢で被害妄想的なめんどくさい性格と、7,8年経っても交通事故の後遺症で思うようにならない身体、酷いPMS。その状態では大事にできる自信はおろか、出会える自信もなかった。このままだとずっと同じような雲り空の日々が一生続くのは目に見えていた。自分の行動の悪い癖や思考の悪循環をもったまま、こういう状態で30年生きてきたことを振り返ると、タナボタ的にかみさまからいいものがふってくるのを待つのは傲慢だった。旧ソ連圏いろんな教会や、旅先の寺社をめぐったけど、かみさまとはつながれなかった。
自分ではもう無理だと思った。

だから知りうる限り一番いい先生のところに通わせてもらうことにした。

ここにつらつら書いたような問題にふりまわされて小さくなって消えてしまいそうになりながら生きるのではなく、
自分の情緒の豊かさを発揮して。
豊かさがわかちあえるパートナーに出会って、
色んな話ができる仲のいい夫婦になって、
じぶんも相手も、神様にもらったものを最大限発揮して。
そういうふうに生きられるように、なりたい。


coloro at 13:17|Permalink日記