ぐちっぎもん。

2005年04月17日

ねぎの話。


nobodyknows+   チューバみたいな低い声にやられた。 一本頂戴、と言ってみる。あれほどタバコを嫌っていたわたしがいきなりそんなことを言い出したので、ちょっとびっくりしつつ、それでもマルボロ出して、ライター出して、オイル切れてたからマッチ出して(なんでマッチまで持ってるんだろう)わざわざ擦ってつけてくれる。何かあったん?と聞いてくるわけでもなく、タバコをふかしつつ、あたしが銀杏並木でぽろぽろとこぼした言葉を一つずつ拾ってああ、とか そうなん? とかそういう返事をひとつひとつ返してくれる。この人は何者なのか、優しいのやら冷たいのやら、やっぱりさっぱりわからない。でも迷子のわたしを駅まで拾いに来てくれて、歩きながら丈夫な赤ちゃん産めんよ、と軽くしかってくれた。仕方ないから同じ言葉を返しておく。 あのときの感情とか精神状態は上手く言い表せない。いやこれまでずっと、そしてこれからもずっとそういう状態の中を生きているのだろうけれど。突然泣きたくなることが、ときどきある。 江国香織の小説に「ねぎをきざむ」というのがある。帰りの電車を降りようとプラットホームに足をかけた瞬間、どうしようもない哀しみに襲われる。 その人のことをもっとすきだったらいいのに。用事が済んだら、ちょっとお茶しない?と呼び出して。優しい人だから、かなしいといえばきっと何かを聞いてぬくもりを分けてくれるんだと思う。でもせっかくそれをしてもらっても、どうしようもないかなしみは埋まらない。 早くお家にかえって、家族と顔を会わせ、ペットの犬を抱き上げれば、こんなわけのわからぬちっぽけなかなしみは紛れるかもしれない。でもそんなことをしても、やっぱりかなしみは消えない。仕方がないので一人台所に篭って、ねぎを刻み続ける。そういう話。 今日はねぎを刻むわけにもいかなかったので、たばこをもらった後ひとりでごはんを食べた。わたしが在りたいわたしにもどるまで、じっと時がすぎるのを待つ。

coloro at 00:08│Comments(0)TrackBack(0)

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