2006年12月

2006年12月31日

こんな男とはつきあうもんか。エトセトラ

某東アジアの都市中心部のモールにて拾った日本語
話し手はスーツを着たおじさまふたり


「いやあ、この街の人たちのマナーの悪さには我慢できませんねぇ
地下鉄とかちっとも並ばないじゃないですか」
「ご存知ですか、
 △○▲語でも『スミマセン』にあたる言葉があるんですよ」
「へぇえー △○▲語でも!」

そういうのえすのせんとりずむっていうんだよ、
嫌なら帰れば。
とボソッと言おうと思いました
左手にあったゴールドの結婚指輪が妙に気になりました
こういうひととは結婚したくありません

Can you hear the voices of the mountain,
と歌ったポカホンタスの気分でした。

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さて


○ことし
 うしなってかなしかったもの

 あいじょう
 米原万里
 わたしのなまえがついた金魚三匹

○かなしいけれど天寿をまっとうしたみたい
 庭のぶにぶにした白めの鯉
 私より年上だったと思います
 40歳くらい
 ありがとう
 
○グレー時間
 記憶が吹き返すあいだ
 ネットサーフィン
とか

○こわしてふみにじったもの
 
 たくさん

○はんせい
 
 ごめんなさい

 でもたぶんまたします

○うしなう
    ↑←←← 固執からくるかなしみ

○サンタさんがくれるなら

 やわらかさと集中力がほしい ひどく

○ メモ

多言語における愛情は Discommunicationも当然として内包する
(それが起こることを避けるべく発言するから、むしろ回避され発生しないのか?)

○ からだ
 ふとした拍子にひどくイライラする。いきがくるしい。
 しゅうちゅうりょくがほしい。

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かえりみちは、はやい。

飛行機を折り、空港駅の改札をくぐり、エスカレーターを降りてゆくと
自分の中の何かが「どどっ」と圧迫された。
エスカレーターの上に貼ってあったシュウショク・ビジネスの広告のせいかもしれない。右と前に座っている日本人女性たちの、乱雑な座り方のしかもしれない。
夜のエクスプレス、しかも最終便は倦怠感が漂う。
もちろん私も。
ここが生まれ育ったところで、
今の私が帰るべきところはここしかないのに。
なにこの息苦しさ。

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ご自分が自分らしくあるためのルール、みたいなものを持っている感じで
だから何日間もぱたぱたついていけたし
未熟でありながらの私を最大限尊重してくださったので
とても居心地がよかった

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「きみはすごくミリョク的なんだけどね、
 でも (俺には無理)」

という話を秋には沢山聞いた
耳にタコ
何様のつもりかしら
今でもふとした拍子にひどくイライラする
すぐに息苦しくなる、そういうからだがつらい。

「きみはミリョク的なんだ、
 だから、  」
という人を欲しているところに
私の弱さがある

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遠くの街に来ると覚醒します
それもお連れの方とか行き先にも左右されることが多いのだけれど
人の多さは東京と大してかわらないのに
いや近しい町並み、ごみごみ感のなかに
すこしずつあるいは大きな差異を感じるからこそ
どきどきするのかもしれない。

人工のものが多すぎるし
ビルだらけなのに
おもしろいところです
きっとこの街は私一人で来ても
美味しいところをしらずに帰ってしまったかも
それくらい分かりにくいけれど
でもどきどきするところでした

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これは俺の考えだけど、
思い出してもいいんじゃないかな。
沢山思い出して、何度も何度も、
それでうわってよく泣いて、
それを繰り返しているうちに、だんだんと、
あ、もういいや
って思えるときがくるから
絡まりあった記憶の中で生きるのは苦しいんだ、
きみはまだ若いからいいけど
これからどんどんそういうのが増えてゆくかもしれない。

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ことし
ああ、なんだか哀しかった
すごいはやさだった
どうしよう
息をしなきゃ
このままじゃ溺れた金魚みたい
もうだれも、
あたしのなかにはいらないで

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書きたいことがたくさんあって。
あの駅での東アジアテイストの市場、カエルと、ぶつ切りになったウナギかナマズみたいなのがぶにぶに動いていて、
豚肉がつるされていて、
お嬢ちゃんかっていきなよ、っておじさんたち皆に言われて、
ショッピングモールの同居が凄いと思ったとか
あと山を登ってお寺にふしぎなカミサマがいて
奇妙な顔をしていらして
やってくるかたは膝をついて三跪九叩頭の礼みたいに
奥まったところには仏様がきちんといらして
池には赤い金魚が居て
噴水が涌いていて
やってくる親子連れが不思議な動作ででもきちんと、
お香をたいてカミサマのほうに祈ってて、
こどももちゃんと、
それでおそらく一番奥の一つ目の部屋には
位牌と写真があって、果物があって、ろうそくの火がついていて、
あっここ入っちゃいけないと思って次の部屋にいったら
それでふうっと入った次の部屋には位はいがもっとたくさん並んでいて、
壁一面に、
それで戒名の上にぜんぶ写真が付いているの
そのときは何事もなかったかのように部屋を出て、
広場でガイドブックとか読んでみたけど
でも思い返すと
すごく怖かったんだと思う。泣きたいくらいに
記憶とか感情とか感想とか、がごちゃごちゃに絡まっていて
上手くかけないんですけど

ということをビスコを貼り付けた紙にほんとうは書きたかったのだと思います
気がついてくれてありがとうございます
邪魔してごめんなさい

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旅先のメモは恋人に手紙とかメールにして送っていたのだけど
それができる相手が居なくて
そういうひとをひどく欲しているみたい

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感じやすさと強さは同居できないのでしょうか。

という質問をした。中環のバス停で。
お疲れだろうのにきちんと答えてくださった。
ノートに書いてある。

そして、今日読んで思ったこと

「強くなって感じなくなる」のが耐えられないなら
「感じやすいままで強くなればいい」
ただそれだけ

>その文化に誠実にアプローチしようと (M先生)
する謙虚さを持つ努力をしようとすれば
少しはバージョンアップしてもうすこし敏感になれるのかもしれない
って
今でも十分、鈍すぎてかなしくなります
感じなさすぎて申し訳ないと思う。
だから失敗して、ヘンに自信過剰になって、もっと鈍くなっちゃったらって怖い。
でもやってみないとわからないじゃん
実行するの怖いけど。見ているとすごい大変そうだけど。
でもやってみないとわからないじゃん

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・・・エトセトラ。
らいねんに、つづいてほしい
もっと感じやすくて、もっとたおやかなままに




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メモ

わたしはまだ上手に
片付けられずに

(鬼塚ちひろ『月光』)


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コドモが産まれた

564c56d7.jpg


金魚が大好きです
でもこれはグッピーの稚魚
水槽の水替えをしていたら発見しました。
あらあらまあまあ、いつのまに!
と急いで牛乳パックをざくざく切って、すくいました。
金魚は今年の夏に、三匹とつぜん消えました。
猫に食べられたのかもしれないし、病気で気付かないうちに死んじゃって溶けちゃったのかもしれません。
あたしの名前のついた金魚。
名前を付けたのはその時付き合っていた人なのですが
もうそろそろ、あたらしいのを飼って違う名前をつけてもいいでしょう。
おそらく出目金じゃなくて、ワキンを飼います。
水槽を買ってしまいました。旅行が多いくせに部屋に自分の部屋に、おきました。
砂を入れて、今ぶくぶくしています。
和金は一匹85円でした。




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メモ

たぶんいま
そのひとに会ったなら
あたしはその瞬間、
きっとその場で泣いてしまう
人通りの多い駅前の
道端でずっと
つみかさねてきた昔が大きすぎて
昔と今の乖離した時間が広すぎて
どれからはなせばいいかわかなくて
だからあえて
待ち合わせはしないのです。
どんなにちかくても。
探しに行くことはあったとしても。(2005.11)

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2006年12月26日

日記

今日はすごかったです
帰ってお顔を見たらぶわっと泣いてしまいました
それだけ私は怖い思いをしていたんだと、やっと気づきました。
スリとか怖い人に会ったとか、そういうんじゃありません。
怖いものを見たという理由で泣いたのではないということはお連れの方も分かっていらっしゃる気がします。
でもそれ以外に容易く言い得る理由が見つかりませんのでそういうことにしておきます。
もっと詳しく書ける気がするんですけど
書いたら描ききれないことがたくさん出てくるので
だからはじめから書かないことにします。
湧き上がる記憶とか、感情とかを圧縮するのはとてもつらいです。
でも他にどうすればいいのかわかりません。
鼻をかんで、本を読んだり体を温めたり、鎮静剤を飲んだりして音楽を聴いたりして気を紛らわせることはできますが
そうすると敏感なところがどんどん感じなくなってしまう、気もします。
感じやすさと強さは同居できないのでしょうか。
ということを明日時間ができたら聞いてみようと思います。



coloro at 22:58|PermalinkComments(2)

日記

先日は暗かったので何か書きます
とりあえず元気です 腰が痛いです
いろいろ混ざっています
言葉とか店とか。来ている服もノースリーブからダウンジャケットまでさまざまです
でもオーバーコートはいません。あんなにさまざまなクリスマスは初めて見ました
でも多くはサンタの帽子をかぶっていました
何がスタンダードなのかよくわかりません
ここまで、背負ってやってきたものがみんな違うみたいです
一緒に育った家族の数とか、親のしていた仕事とか、自分のしている仕事とか、
山で育ったのか海辺で育ったのか、
どこの地域でどんなことばを話してきたのか、
育った町にはどこの国の人がどれくらいいて、みんなは何語を話してきたのか
シングリッシュかジャングリッシュか、広東語か北京語か
何かがスタンダードで正しくてどれかが訛っているのではなくて
育ってきた環境を背負って、何か母語とは別の一つの文法体系を母語を超えて話そうとしているので
訛っているのではなくそれはそれとして成立するらしいです
だから違う言葉が表出してそれぞれに違う行動が生まれるのかもしれません

ところでここも侵食されています
コーヒー屋とかファーストフードとか
そういうのをグローバルスタンダードと言うんでしょうか
あ、でも違うと思います
タコクセキ企業ですね。
価値観が統一化されてきています
あそこの店で買い物がしたい!とか
その店は東京にもシアトルにもボストンにも、ありました
なんて貧しいものを食べているんだろうと、すこしぞっとしました。
でもそのなかにあった頑固そうな食堂のおじちゃんにほっとしました。
おいしいものの価値はかけられた手間とか愛情でもあるんだとおもいました。

ノートか便箋に書いておこうと思いましたが
宛先がわかりませんでした。
(2006/12/26/a.m.)


coloro at 22:56|PermalinkComments(0)

2006年12月23日

メモ

29日までちょっと遠出します

べつに予感とかじゃなくて、
いつも飛行機のるときは恋人にこれを伝えて発つことにしているのだけど
今彼氏いないからここに書いておきます(だから驚かないでね)

万一なんかあったら
,海譴鯔椶砲靴討曚靴
▲灰ベツシキは平服で(黒一色はダメ)。
 来てくれた人を泣かせないように、
 なるべく明るく、『ビルマの竪琴』に出てくるみたいに明るく。
 私のことを嫌いな人は来なくていいです。 
おはかか庭に木の苗を一本植えてください。楓か梅がいいです。

 ってだれかうちの人に伝えてください

あと、

に一私のかたちがなくなったら、なるべく早く私のことは忘れてください

 かなしい記憶をもちゃもちゃと引きずって歩けなくなって倒れそうになる思いをするのは私だけで十分だから

よろしくです
お土産希望の方は明日の昼過ぎまでにメールください◎
げんきに戻ります



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2006年12月22日

こぶつき

ついていくことにする
南の雨に打たれたら、きっと私はまた泣ける
そう思って
あの夜の雨は台風だったけれど
つもらせてきたものをたくさん溶かして。
絡まりすぎてごちゃごちゃして、足が絡まり黙りこくった。
はやく泣きたい。ひどく。
泣いてもよいなら今夜泣く。
胸で溶かすひとがほしい。知らないところでひっそりと。





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2006年12月18日

メモ

十六の話


もらった定期代を削って買った。
ソウセキの授業中にぶるぶるした。

あと、O滝R治と(←何の話か分からなくていい)
ここ2日ずっとつきっきりである。
効いたらいいな。
いや、冗談じゃなくて。




coloro at 21:42|PermalinkComments(0)

「やはり文字数が・・・」へのお返事?

一昨日祖父母の家に行ってきた。

夕方の四時ごろ着いて、
おじい(91くらい)は忘年会だからといそいそと着替えていて、
四時半にタクシーでむかえに来たお弟子さんと一緒に出て行きました。
探偵みたいな眼鏡をかけたお弟子さんは、「八時半ごろお送りします」と言いました。
土鍋を持っていったので、おばあが漬けていた鶏肉を使っておじやを作ってあげました。
それを、美味しいおいしいと食べ終わって、「あんたもう帰らなあかんね」
と言いつつぺちゃくちゃ喋っていると六時になりました。
五時前には暗くなるので、明るいうちに私を家に返さないと心配するのです。
やっと六時で、
「あんたが相手してくれて、おじいちゃんが帰ってくるまであと二、三時間だからさみしゅうはない。おじいちゃん居たらいたでやなこともあるけれど(流石にこの年代だと「うざい」ということばは使わない)、やっぱり居ないとさみしゅうて」

だから86歳になって、つれあいが元気でも私は寂しいと感じる家系みたいです。
うちのおじいちゃんは(母親も)ほうっておくとすぐ「むぐうっ」と言って寝ます。でもおばあちゃんの足を寝る前に揉んであげています。お弟子さんの話によると大学での自分の講義中にも寝ていたそうです。そういう先生だったからタクシーで送り迎えしてでも忘年会に呼んでもらえるらしいです。
寂しいの形はひとそれぞれで、その形と波長が似ているひとと一緒に居ると居心地がよいのかもしれません。
でもやっぱりよくわかりません。








coloro at 10:15|PermalinkComments(0)