2016年01月

2016年01月31日

日記。

日記。みほさんと電話。通訳ガイド試験の免除要件にセンター試験の日本史Bの点数はH13年以降であればいつのでも良い(らしい。)ということは実家にセンターの点数ハガキが残っていれば受けなくてもいいのか!?(性格上捨ててない可能性は30%位、歴史はいちばんトクイだった)ということを考えていたら、そういえば私は世界史受験だった。そういうわけで山川のオトナの為の日本史シリーズをkindleで買ってみた。道はくねくね、山はうねうね。そんなことよりロシア語だ。

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,かねをかせぎたい(不動産が欲しい)
多喜子先生みたいになりたい、K先生みたいになりたい
J童兇気鵑シーナさんみたいな本が書きたい
し觝Г靴道劼匹發三人ほしい             私の優先順位はどれ!?

---
子どもは育ち 花はさき 鳥は歌い 太陽は照る  
しかし私は春がきたのに溶けられない 嗚呼

http://www.puppets.ru/performance.php?show=performance&id=71 

子ども向けの舞台はあまりに美しくて 全部理解できないのが悔しいと思った

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2016年01月30日

水辺

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2016年01月28日

悪口とか、初代着物のこととか。

悪口とか、初代着物のこととか。
今日は行政書士試験の合格発表日だった。
むかし、平成21年度?(もう忘れた)の行政書士試験に合格して、
当時通っていた「伊藤塾」の主催する合格祝賀会に着物を着ていった
祖母が昔母に買ってあげたという、サーモンピンクの美しい訪問着
過去の祝賀会の写真を見る限り、
それまで伊藤塾の行政書士の合格祝賀会で着物を着てきた人は誰もいなかった(はず)
事務局の菅さんや山田先生に前日電話して
着物着てったら変ですかねえ〜?
と聞いた
お二人とも「過去には誰もいなかったと思いますがまあお任せします」
という微妙な反応だった。
結局前日母に出してもらい、
美容室で一万何千円か払って着付けをしてもらい、
着物を来たついでに隣の写真館で写真をとってもらい、
同期の毒舌K田兄(伏字になってない)に渋谷で合流したら、「本当に着てきたのかコノヤロ」的反応。もちろんエスコートはしてくれなかった。笑
しかし結局、祝賀会にて
当時雲の上の存在だった伊藤真塾長が私にわざわざ近寄ってきて、
「着物、いいですね」
と仰ってくれた
「いやあ行政書士の合格で着物着るなんて。と恥ずかしいんですが」
「いやあ日本人ならやっぱり着物でしょう。」
と満面の笑みで塾長は仰った
帯の締め付けがきつくて飲み会の最後のほうは頭痛だったが、
なぜか写真撮影のときも着物を着た私は大人気だった
山田先生の声掛けもあり、
翌年からの祝賀会は、ぽつぽつと着物を着て現れる女性が増えていらした
ーーー
前置きが長くなったが、
そんなことを思い出し、
最近伊藤真塾長の刑法の本を読んでいる
私は一部の親類が嫌いだ。
祖父母の葬式の時も相続の時も、なーんにも役に立たなかったから。長男の嫁は祖父が死んだ翌日に、いとこの喪服を買いに行っていた。彼女は法事の時に祖父母の墓石の落ち葉を前もって掃除したりしているから、まあ悪い人ではないんだと思う。しかしそんなことは小学生でもできる。
よく婦人誌の記事やらSPA!を読んでいると勘違いしている記者がいるが
葬式で大変なのは当日の運営ではなくて
それまでの手配とその後の処理である。
だから葬儀会場に出席して座っているだけだったら赤ん坊でもできる。
祖父の葬式がおわったあと、ほとんど目が見えないはずだった祖母は「あのひとたちは棺桶を持つときだけ働いたわねえ」といった。祖父が火葬になっていたとき、私と姉は祖母を車で連れて帰り、釜寅の釜飯を注文して、二人でたべた。祖母はなにもたべなかった。叔母もイトコも車の運転ができない。祖母宅の電気コンロののつけ方も知らない。ボタンをおすだけなのに。
母の手前、彼らに口を出すわけにはいかないわたしの代わりに毒を吐いてくれるラーメンズのコントの一節
「使えないの、ばっかりね!」
そういうときに口を出してはいけない、とN美さんにも教えてもらった。
もう祖父母の法事さえなければ、二度と顔もみたくない。(ぷりぷり)
結局、前後の諸々は母が一人でぜんぶこなそうとしているのを見ていられなくて、
伊藤塾時代に知り合ったH先生と、S先生と、そのお仲間の税理士さんに、私が泣きながらお願いして、今に至る。
火葬許可証を自分で取りに行った母の話をきいて、Hさんは「葬儀屋はいったい何をしているんだ」と息巻いて、また私を泣かせた。
「あのひとたちはなんのやくにもたたない」と怒って怒って泣く私に、
「まあ、だから士業の仕事があるんだよ、なんにもできないのが普通だもの。」と彼はなだめた。
まあ、妙に役に立って変に口出しをされても母からしてみれば困惑していたかもしれない。
当時付き合っていたひとは、「あのひとたちはなんにもやくにたたない!」と泣きながら怒る私に「いいんだよ、だってどうでもいいひとたちだもの。」と妙に的を射た発言をした(この件については私は彼を買っている)。
母にぜんぶひとりでやっていやじゃないの?
ときいたら
「だって関係ない人たちだもの」といっていた。兄弟関係が悪いわけではないが、そもそもハナから期待していないらしい。母は祖父母に一番似ていて、賢い。
ーーーーー
祖父母宅のぼうぼうの植木の伐採にあたって、
ウチの斜め前で仕事をしていた植木屋さんに私が道端で声をかけて概算見積もりを聞いたら、
信じられないことに叔父に褒められた。
これもまた謎すぎる。結局叔父がその金額でよいといったので、そのまま随契で決まった。あのいとこたちはそんなこともきけないのだろうか?
結局伐採の植木屋の相見積もりを取るなら、ウチの母が横浜と東京を4往復以上しなければならない。叔父も叔母も、もちろんイトコたちも、そんなことは出来ない(しようという発想がない)。姉にそんな余裕はない。私は母のそれを見ていられなかっただけだ。
道端のその辺に居る人を捕まえて聞くのは交渉力以前の問題である。日本語だし。
しかしさとしさんによると人をつなげる力もわりと私の強みらしいので、逆にいえば一般的にあまりない力なのか?
ーーーーー
それで、その私と同い年のイトコが司法試験に合格した。
あの昔からぽーっとしている彼が。
もちろん誰にも口に出して言わないが私は心が狭いので内心ちょっとイラッとする。
11月の無料アテンド事件も然り。
あんなに〇〇の緩いやつが弁護士を偉そうに名乗れるなら(略)、
といまだに腹立たしく思う。あんなに常識のない人に私は頭を下げて生きたくない。
ーーーーー
さっき気づいた、某所から振り込まれた給与が、振込み手数料が差し引かれていた。これは労基法違反である。というのを考えていて、ものすごくオブラートに包んだ問い合わせメールを書いて、
なんだか、どっと疲れた。まあ、話せば伝わる方だと思うので。
結局最近やっている占いも巫女の仕事も、物的事象を解決できない。最近の国会の動向をみていると憲法はほぼ無視されているようだが結局肩書のある人が偉そうに振る舞う社会。一体なんなんだ。ひかりをおろす仕事をしたい。予防法務に興味がある。米原さんやシーナさんやかとりせんせいみたいに世界を行ったり来たりしたい。多喜子先生みたいに凛といきたい。祖父母みたいに未来を幸せにする仕事がしたい。結婚もしたいしこどももうみたい。S先生みたいに町のひとの味方。それは変わっていないが方向性に悩む。あなたの目標はなんですか?と自分に問う。このままだとある日突然帰国して司法試験の予備校とか通いだしかねない。
もっと自由に生きるにはどうすればいいんだろう。行政書士に3年かかった。まあ、あと10年勉強したとして41歳か、それもアリかも?ただし行政書士の今年の問題を見たがさっぱりわからなかった。
「ほんとうに、人類は一体どうなってしまったんでしょう。この先の生き方を考え直さなければなりません」(鈴木先生)
ーーーーー
私が声をかけた植木屋さんはそのまま随契となり、
月、火、水、金の4日間、うちに通った。
親方は仲間を連れて、3人でやってきた。
母は横浜から東京の祖父母宅まで毎日かよい、
スーパーでコーヒーと茶菓子を買い、
お昼のお茶と、おやつの時間のお茶をだした。
私は植木屋さんというものがどういうものなのか、見てみたくて、
私はわざわざ会社の午前休を取って、
彼らの仕事っぷりを眺めた。
小さな親方は刀をもって猿のようにしゅるしゅると栗の木にのぼり、枝を払った。
白樺の木は切り倒され、美しい切り株ができた。
とっても小さい親方に、きてくださってありがとう、といったら、親方はこちらこそ、と言った。
母によると雨の日も彼らは雨具を着て仕事をし、
雨が激しい時だけ合羽を着たままベランダの下で待機していたそうな。
植木屋の伐採が終わった一週間後の朝、請求書をもって、植木屋さんの親方が軽トラに乗って、やってきた。請求書をポストに入れるつもりだったらしい。
祖父母の家から会社に行こうとしていた私は、会社が嫌すぎて遅刻しそうで、駅までタクシーに乗らなきゃ間に合わない時間だった。
親方に頼んで、そのまま駅まで乗せてもらった。反対方向だけどまあいいや、と親方は苦笑いした。
植木屋さんの軽トラの、一寸高い助手席はほんとうに楽しかった。駅までたった5分間の、いつもと違う街並み。いとこたちはそんな経験したことないはず。ざまーみろ。
ーーーーー
その後、「祖母が死んだとき、その士業の先生方にたのんでどうだった?と母にきいたら、「(祖父がしんだときとくらべて)とても楽だった」といっていた。
結局イトコたちも叔父叔母たちも、
私のあの怒りも涙も経験してないし、
そして仕事のできる男たちの(士業の先生がたや、植木やさんの)パフォーマンスも見られてないわけで。
仕事のできる男たちが人をどれだけ幸せな気分にしてくれるか、
親戚の彼らは知らないで日々を生きているわけなのである。
あの頃の私はほんとうによく、怒って、そして泣いた。
諸々振り返ると、諸兄に恵まれた私は、
ものすごくトクな人生なのかもしれない。

coloro at 21:10|Permalink日記 

2016年01月27日

旅。

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その人が旅に出てから5年経つ
もうすぐ疲れ果てて帰ってくる気がしているのだけれど
きっと向こうもそうなのだろう、夢にたくさんみる
立春まで、もうすぐ



coloro at 03:05|Permalink

2016年01月25日

鈴木先生

今朝起きたら、鈴木先生からメッセージ(メールの返事)を頂戴していた。神の御言葉が綴られていた。先生と同じだけの時間を生きたとしても、私にはとても再現できる気がしない。

coloro at 21:12|Permalink日記 

2016年01月24日

鈴木先生より(転載)

鈴木先生より(転載)
1986年から…。
ーーー
各位
鈴木ゼミの2015年度卒業論文が提出されました。ゼミは今期をもって終了します。1986年の創設以来、長い間、有難うございました。なお、卒業論文一覧は下記のURLをご参照下さい。

coloro at 21:13|Permalink

日記

.献А璽縫磴郎鯑オーロラを「もののあはれ」と表現した
∈Fサーシャをうちに招いて、色々食べさせた
梅干し、くずもち、二色卵、黒豆、味噌汁、シイタケの含め煮、茶碗蒸し、おいなりさん、高野豆腐、桜茶(桜の塩漬け)。
特に茶碗蒸しが好評だった。写真を撮り忘れた。

coloro at 21:12|Permalink

近況

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coloro at 06:04|Permalink

2016年01月23日

近影

近影
,覆爾ネヴァ河の氷上を歩きました(法律違反)。
ヒビが入ってました。もう二度とやりません。
▲泪螢さん(モントリオール出身)と一緒に帰る。宮殿橋を渡る。
アルハンゲリスクのホステルの主人、アレクセイと。なーんにもなかったアルハンゲリスクの町が妙に印象深いのは彼のおかげなのではないか説。
ど垢猟刻・ゴジラ♡
ド垢猟刻・ジェーニャと
Ε凜ルニュスのホテルのフロントの美女
Дラスメイトと
┘爛襯泪鵐好で眉毛(と睫毛)が凍る図
ムルマンスク・アリョーシャ像
ムルマンスクで見た可愛くない熊
馬に乗った
船に乗った
ネヴァ河に船が通って氷が割れる
氷の彫刻・レゴ

coloro at 21:14|Permalink

2016年01月22日

ロシア文学を読む

クラスメイトのスペイン人は月ー木の他の先生の文法や会話の授業は来るのに金曜日の「ロシア文学を読む」オリガ先生の授業だけ絶対来ない。昨日オリガ先生が彼女に遭遇して、授業に来ない理由をきいたら「ストレスだから」だそうな。彼女の授業がストレスだから?長文読解がストレスだから?(少なくとも彼女は私より読めているのに。)日本人もこれぐらい上司にいってやれればいいのに。

K先生
文学は苦手とか?

おそらくそうと思われます!オリガ先生は「若い子はネット漬けで長文を読む体力がないわねえ」云々と嘆いていらっしゃいました。

そしてさらにオリガ先生は、「全然判らなくても予習が出来てなくてもそれでも授業に来る子は、ほんのちょっとずつ進歩する」、とまるで多喜子先生のようなことをおっしゃいました。


coloro at 11:13|Permalink海外生活 | ロシア語

2016年01月20日

20日

20日
タクシーの運転手さんに仏教と神道の違いについて説明を求められた。みちはとおい。


15日
タリンの教会にて
上のひととちょっぴり会話をした
物心ついてからずっと祈っていたこと
この5年〜7年ほど考えていたこと
「ぜんぶだいじょうぶ」っていわれた気がした
だからあったかくして、今日は寝よう。
ーーー
ネヴァ河が凍った。
今日、バスで橋を渡っていたら、
ネヴァ河の氷の上を歩いて渡っている人たちをみた。
歩いて河を渡るのは、「違法」らしい。
でもわたしも歩いて渡りたい。
ーーー
ジェーニャがメールをくれた。
「寒さがやっとすぎたから、どこかへでかけましょう」
彼の言う「寒さ」というのは-20℃台のことらしいが
いまだにこの街は-15℃はある。
私はタイツを2枚はいて、さらにジャージみたいなズボンをはいて、
雪だるまみたいな(あるいはスキーウエアのような)恰好をしているので、
まあデートではないのかもしれないけれど、
こんな格好じゃあ8歳下のきれいな男の子と一緒に歩くのが悪いような気がして、
まだ返事をしていない。
「いま自分は雪だるまだけど構わない?」
と聞くのも変だし。
ーーー
そうそう
長距離バスに乗ったとき
タリン→リガ、リガ→ビルニュス
それぞれロシア語だけでなく現地の公用語(恐らくエストニア語かラトビア語)でも運転手さんが車内アナウンスをしてくださるのだけれど、
ロシア語の遠い方言みたいな音で
「なにについて話しているのか」は判る。
はじめてのとても不思議な経験だった。
車内に怪しいものがあったら運転手に知らせるように、とか
毛布はあるよ、
とかコーヒーはフリーだよっ、
とかだけだけど。

coloro at 21:43|Permalink海外生活 | 旅行

2016年01月18日

道を聞かれる

ロシア人は私が明らかにрусскаяでなくとも道を聞いたり、バス内で「このバスは〇〇駅へ行くか」、「薬屋はどこか」「このマルシュルートカはいくらか」と果敢に聞いてくださる。
私の顔をみずに質問を投げ、その後にやっと私の顔を見てロシア人でないことを認識して「ロシア語話せる?」とはめったに聞かれなくなった。
空港のконтрольではвы говорите по-русски?となぜかいつも聞かれる。余談だが先日は空港のパスポートチェックで「なぜグルジアとアルメニアに行ったのか」と聞かれた。
最近やっと、道端で突然道を聞かれても質問の趣旨を瞬時に聞き取り答える反射神経が鍛えられてきた(当人比)。でもまだ複雑なことは瞬時にこたえられない。まだまだである。
あと、このあいだストックホルムの交通機関で英語をしゃべってみて
疑問文においてはロシア語の方が英語より簡単なんじゃないかと思った。
does it go to 〇〇?より 
идет метро〇〇!?のほうが叫びやすかったから(単に口がめんどくさがりなだけかも)。

coloro at 11:14|Permalink

『天は赤い川のほとり』より




ラムセスが、
難破して流産しそうな主人公を救ったけれど
結局好きなのに我が物にしなかった
というくだりを読んでいて
私には(おもいが叶わないとしても)
すきな人の幸せを祈るという視点があるのか?
と思った
だから髪を切りに行った


coloro at 00:58|Permalink

2016年01月17日

タリン

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気温マイナス15度

ゝげ好泪ぅ淵15度。昨日は寒すぎて一日中部屋に居たので、今日はものすごく頑張って(勇気を出して)服を着て買い物に出かけた。
思い立って美容院に行った。ほんとうはいつもの「今すぐ髪を切りたい」症候群に襲われて数日前にタリンに6時間だけ滞在した時に見かけた美容院に飛び込みたかったのだけれど、30ユーロ以上(5000円前後)したので我慢していたのだ。
前回行った、家の前のпарикмахерская床屋ではなく、今日のは「VOGUE」とでっかく書かれたсалон красоты美容院である。
このまえの床屋は700ルーブルだった。
しかしセンタクばさみのようなので上層の髪をとめることもなく、
鋏を水平に当てている時点で何か違う気がしたので(結果ちょっと残念な感じになったので髪を結んで生きていた)、
今回はそこそこ高くておしゃれそうな所に行こうと決めていたのだ。今回はシャンプー付きで1650ルーブル。(1ルーブル1.5円)。
カンペも持たず化粧もせずふらっと買い物に行く格好で飛び込んだ。というか予約するだけのつもりで寄ったけど今あいているからどうぞ、となった。
しかも下半身は今すぐスキーかクロスカントリーが出来るダサさで美とは程遠い恰好だったのに角砂糖2つ付きのカプチーノまで出してくださって、とても良くしてくださった。すみません、恐れ入ります。
日本人の知り合いに「東洋人の髪は硬くて量が多いので、ロシアの美容院では嫌がられる」と聞いていたのだが、美容師のジェーニャは良い髪ねえ〜〜とほめてくださいつつさくさく切ってくださった。お金を出せばボブもこんなに可愛らしく仕上がるだなんて感動である。もちろんTさんの腕のほうが好きだけど。そして日本の美容院のシャンプーの技術はやっぱり高すぎると思う。髪の表面しかぐるぐるかきまわさないのであらわれているのかよくわからない。なにはともあれ、本人比で髪型は前回の床屋より感動的に可愛くなった。うわあい。
⇒Φい鮨兇蟾覆辰独容師さんと雑談をした。日本語学習者のロシア人でもなく、学校の先生でもないロシア人と、「会話に詰まっても決して逃げられない状態」約1時間弱の雑談という意味で私的に画期的だった。色々頭の中で文法を考えていたけれどえいやっと口に出したら彼女が意味をすくってくださるのでなんとかなった。もちろん彼女が色々リードしてくださったわけだけれど楽しかった。

coloro at 11:17|Permalink海外生活 

小林賢太郎さんHPより引用

小林賢太郎さんHPより引用

Q;思いもよらない出来事があって、大きな挫折をしてしまいました。賢太郎さんは挫折を経験したことはありますか?どうやったら立ち直れますか?
A;みんなしっかり挫折して、体全部で悩んでる。学校のこと、仕事のこと、将来の夢。こういう人生相談みたいな質問をいただくと、思うんです「こういうことはもっとちゃんとした人に相談してください」って。僕は多分いろんな意味で例外なので。
 でもみなさんも「よし、ここはひとつ小林賢太郎に相談してみよう」って思うくらいの変わった人なわけです。変な人どうし、誠意を持ってお答えします。
 きっと人生って、自分が思ってるより「すごい」んですよ。良くも悪くも。あなたもきっと思ったでしょう「すごいなおい」って。「こんなことおこるか」って。僕もそう。生きてれば思いもよらない出来事は避けられないんです。
 人生が僕たちの想像通りになるほど、人間の想像力は豊かではありません。想像以上に複雑で、繊細で、すごいんです。
 では、僭越ながら、僕が思う「挫折からの立ち直り方」を。
 まず「ザセツ」という呪文を使うのをいったんやめましょう。「ザセツ」って語感が強すぎるんですよ。なんだか「ザ・切腹」略して「ざせつ」みたいで耳に刺さる。この言葉にがんじがらめになってしまわないようにしてください。
 もちろん「挫折の主役」をやりたいのなら、やりたいだけやってればいい。でも僕は時間がもったいないと感じてしまう方なので、次の行動に出ちゃいます。
 というわけで、僕の挫折からの立ち直り方は、「挫折」を「次のことへのきっかけ」くらいに解釈しちゃう、という都合のいいものでした。
 …なんて言われても、今まさに暗闇の中にいる人にとっては、こんなのんきなコントおじさんの考え方なんて、ピンとこないかもしれませんね。
 まあ、とりあえずご飯食べて寝てください。
 あなたはとっても疲れています。悩みごとに立ち向かうには、意外と体力が必要ですよ。体が疲れると判断力は確実に落ちます。つらいときこそ、僕は「規則正しい生活」ってやつの底力を感じます。
 あともうひとつ。笑ってください。
 昨年あなたが泣いていたのなら、2015年は笑ってほしいです。そのために、僕の作品が役に立てたなら、これほどの喜びはありません。
小林賢太郎

---



coloro at 11:16|Permalink

2016年01月14日

ABBAミュージアムにて

ABBAミュージアムにて。こんなに私ミーハーだったっけ。と自分でツッコミながらも熱狂して写真を撮りまくる。(撮影可)

K先生
ABBAの初来日公演に行きました〜、武道館、中2の時です❗


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coloro at 21:16|Permalink海外生活 

2016年01月09日

トモダチ

台湾から留学できているトモダチがテンプル大学日本校に編入することになったのでテンプル大学について調べてみた。面白そうな学校。私も大学生だったら行ってみたい。学費たかいけど。

coloro at 21:17|Permalink海外生活 

あけましておめでとうございます

わしらは怪しい探険隊 (角川文庫)
椎名 誠
KADOKAWA / 角川書店
2014-10-25



年始にムルマンスクに行ってまいりました
20歳の女の子を誘い、二人でかたみち26時間列車に揺られ。

⓪寒いです。−20℃です。外を歩くと睫毛と鼻毛が凍ります。スキーの時にするマスクをしないと、のどが痛くなります。モンベル社のダウンのズボンをはいていたので私は大丈夫でしたが連れは風邪をひいておられました。
1週間に一度見られるか見えないか、
というオーロラが一寸見られました。
私がコーディネーターである以上オーロラが見えた瞬間、
連れにも教えなきゃ
と思って連れに教えに行って
連れがウワーとかキャーとかいっている間に、
あららという間にオーロラはすうっと消えてしまいました
これでよかったのか?
独り占めしてじっくり見ればよかったのか? 
そこで教えるのが私のイイ所なのか?(この問いは遡ると小学校の頃からの疑問)
¬觜堽鷦屬望茲襪箸、「パスポートを」という車掌のおばちゃんに
「アア一寸待ってください」といった瞬間、カメラを落として壊してしまいました(親の買った、オリンパスの〇万円ぐらいのやつ。)
おばちゃんは「オイオイ」と一瞬言ったものの、おばちゃんは次の瞬間また「パスポートを」といいました。
カメラはきっと私の身代わりに壊れてくれたのだと思います(外傷はレンズの保護ガラスが割れたのみでした)。
オリンパスは大事に持って帰って、帰国後修理に出そうと思います。嗚呼。
L觜堽鷦屬離肇ぅ譴任気⊃欧茲Δ肇肇ぅ譴鮑僂泙察⊃綟擦濃を磨いているときに、
期せずして駅にとまりました。
トイレのドアがバンバンバンと叩かれて
車掌:「あんたなにしてるのよ!」(←トイレに決まっているじゃないか)
私:「今歯をみがいているの!」
車掌「停車中はトイレを使ってはいけないのよ!」
駅に停車中はトイレを使ってはいけないのです、なぜなら「ぽっとん」だから。それは知ってます。しかしトイレは済ませて歯磨きです。突然列車はとまったのにトイレの最中だったら途中でやめて出ろということなのでしょうか。よくわからないまま、車掌のおばちゃんは怒鳴ります。
そんなこんなで、「じぶんのために生きる」、ということを考え直した旅でした。
米原万里さんみたいになりたい、と思いつつ
中学の頃になりたかった「椎名誠さんみたいな旅行作家になりたい」という思いがムクムクと出てもいます。
親と元旦にスカイプをして親の衰えを感じ、
結婚もしなきゃと思います。さてどうしましょう。昨日kindleで椎名さんの『わしらは怪しい探検隊』を買ってよみました。15年ぶりに読んだでしょうか。面白かった。

ぅジェゴフの露露辞典(小さいサイズ)を買ってみました。露露辞典を買おう、読もうという意識が出てきた以上、数年前よりは若干進歩しているのかもしれません。がまだまだ道は遠いです。

イ気辰スタローバヤで自分の過去のブログの記事を読み直してみたら、なぜかけたのかじぶんでもわからないものがいくつもあった。これ纏めて本に出来ないかしら。まあ、まずは書きづづけよう。

6日ほど勉強をさぼっていて、さっきネフスキー大通りの毛皮屋をのぞいたら、さっぱり喋れなくなっていた。さぼってはいけません。ちなみに毛皮のコートは20万ルーブル程度から(35万円〜)。
そんなこんなの年明けでした。
やってもあまりできないけれどやらなければ絶対できない。
「まえへまえへと進みなさい」というのは私の御祖母ちゃんの名言です。
今年もご指導のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

coloro at 02:07|Permalink海外生活 

2016年01月08日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます
年始にムルマンスクに行ってまいりました
20歳の女の子を誘い、二人でかたみち26時間列車に揺られ。
⓪寒いです。−20℃です。外を歩くと睫毛と鼻毛が凍ります。スキーの時にするマスクをしないと、のどが痛くなります。モンベル社のダウンのズボンをはいていたので私は大丈夫でしたが連れは風邪をひいておられました。
1週間に一度見られるか見えないか、
というオーロラが一寸見られました。
私がコーディネーターである以上オーロラが見えた瞬間、
連れにも教えなきゃ
と思って連れに教えに行って
連れがウワーとかキャーとかいっている間に、
あららという間にオーロラはすうっと消えてしまいました
これでよかったのか?
独り占めしてじっくり見ればよかったのか? 
そこで教えるのが私のイイ所なのか?(この問いは遡ると小学校の頃からの疑問)
¬觜堽鷦屬望茲襪箸、「パスポートを」という車掌のおばちゃんに
「アア一寸待ってください」といった瞬間、カメラを落として壊してしまいました(親の買った、オリンパスの〇万円ぐらいのやつ。)
おばちゃんは「オイオイ」と一瞬言ったものの、おばちゃんは次の瞬間また「パスポートを」といいました。
カメラはきっと私の身代わりに壊れてくれたのだと思います(外傷はレンズの保護ガラスが割れたのみでした)。
オリンパスは大事に持って帰って、帰国後修理に出そうと思います。嗚呼。
L觜堽鷦屬離肇ぅ譴任気⊃欧茲Δ肇肇ぅ譴鮑僂泙察⊃綟擦濃を磨いているときに、
期せずして駅にとまりました。
トイレのドアがバンバンバンと叩かれて
車掌:「あんたなにしてるのよ!」(←トイレに決まっているじゃないか)
はるか:「今歯をみがいているの!」
車掌「停車中はトイレを使ってはいけないのよ!」
駅に停車中はトイレを使ってはいけないのです、なぜなら「ぽっとん」だから。それは知ってます。しかしトイレは済ませて歯磨きです。突然列車はとまったのにトイレの最中だったら途中でやめて出ろということなのでしょうか。よくわからないまま、車掌のおばちゃんは怒鳴ります。
そんなこんなで、「じぶんのために生きる」、ということを考え直した旅でした。
米原万里さんみたいになりたい、と思いつつ
中学の頃になりたかった「椎名誠さんみたいな旅行作家になりたい」という思いがムクムクと出てもいます。
親と元旦にスカイプをして親の衰えを感じ、
結婚もしなきゃと思います。さてどうしましょう。昨日kindleで椎名さんの『わしらは怪しい探検隊』を買ってよみました。15年ぶりに読んだでしょうか。面白かった。
ぅジェゴフの露露辞典(小さいサイズ)を買ってみました。露露辞典を買おう、読もうという意識が出てきた以上、数年前よりは若干進歩しているのかもしれません。がまだまだ道は遠いです。
イ気辰スタローバヤで自分の過去のブログの記事を読み直してみたら、なぜかけたのかじぶんでもわからないものがいくつもあった。これ纏めて本に出来ないかしら。まあ、まずは書きづづけよう。
6日ほど勉強をさぼっていて、さっきネフスキー大通りの毛皮屋をのぞいたら、さっぱり喋れなくなっていた。さぼってはいけません。ちなみに毛皮のコートは20万ルーブル程度から(35万円〜)。
そんなこんなの年明けでした。
やってもあまりできないけれどやらなければ絶対できない。
「まえへまえへと進みなさい」というのは私の御祖母ちゃんの名言です。
今年もご指導のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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