大使館つづきアウシュビッツツアー

2016年08月17日

昔の話。

昔の話。
OLが向いてないというのは大学3年頃(鈴木先生の巫女発言前後)に気づいていて、
当時それを相談したら、
とりあえず出版系がいいのでは、
とS先生は仰って
いろんな出版社、新聞社を受けた
N村ゼミの0期のM上先生には
内々定が出ていたT書店の上司との面談の違和感のことを書いたら
哲学のない出版社には行くな、
とわざわざメッセージをくださり、結局断った。
(Gも哲学があるわけではないけれど同期の人数が多いので逃げ場があると判断)
新聞社は筆記はうかるのだけれど
きみは新人のうちに殺人現場とか取材に行かされて大丈夫じゃないタイプだろうのでよく考えなさい。といわれた。
ーーー
Gの内定をもらったときにS先生にエレベーターで報告したら
ああそうですか、
あの会社は行くひと多いけれど辞めるひとも多いんですよ、
数個上のYくんみたいにG社を踏み台にして違う出版社にいくといいですよ、
彼はさいきん転職していまビジネス書をつくってるみたいです、といつもの満面の笑顔で仰っていた。
当時面識無かったのだけれどその人があのマ神から卒業後Gでどういうものをみてどういうことを考えていたのか興味があったので、翌月のOB会に行くことにした。
自分も社会人になるというのが恐ろしく思えていた時代だった。
ーーー
6年ぐらい前から月の満ち欠けでぐらぐらする自分に気づいていて、
それでも社会性というか、
そこそこ収入を得て生きる引き出しというのをコマゴマとつくろうとじたばたしてきた。
今でも稼働日数10日/月な自分、OL生活ができない(決められた時間に職場にいって毎日おなじことができない)自分を責めることがよくあるけれど、ま、仕方ない。
というかこれがわたしの可能性なんだろうと好意的に解釈する。
ーーー
おせっかいなひとが東京にみちあふれているのは
サカダチしてもかなわないぐらい
いい男とつきあったことがないのではないか
(この場合男女関係でなくともいい)、
あるいはそれを嗅ぎ分ける嗅覚が鈍っているのでは
と内心思っている。
いわないけど。
冷たいので聞かれなきゃ(有料鑑定じゃないと)教えない。
親しくても自分の(たかがしれてる)コントロール下に置かないほうが、
ちょっとびっくりするぐらいいい仕事をする男性はいっぱいいる。
自分も7月に東京かえったとき、
着いた翌日にはあっという間に勘がぐちゃぐちゃになった。
東京の生活で感じるチカラをたもつにはそれなりの努力とスキルがいる。

coloro at 16:55│OL時代 | 巫女
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