2017年07月15日

プーンちゃん


大学3回生になるころに、室内楽のサークルを辞めた。
その頃までつき合っていた人は
なぜか凄い勢いで私の事を口説いてきたのだけれども
どうも私は彼の事が好きでなくて
わたしはその頃高校時代の親友を電車の事故で亡くし
すごく情緒不安定だった
そのあと私がフラれて、
わかれたあとすぐに、
その人は同じサークル内の同学年の女の子とつき合いだしていた。
なんだかそういう狭い世界で人間関係がごちゃごちゃすることも、
そういう狭い視野の男も、もうほんとうほんとうに、気持ち悪くていやだった。
早く遠い世界にいきたかった。


大学の委員会みたいなのがやっている、
日本語を教える(?)ボランティアをすることにした。
外国の友達がほしかった。
別科の学生と毎週同じ時限に会って、雑談をしたり、日本語別科の宿題の手伝いをしたりする。
前期と後期に1年間やって、延べ5人ぐらいの留学生を紹介された。
いまでも交友があるのは2人いる。
その時の一人がタイの留学生の、プーンちゃん。
チュラロンコーン大学の学部を出て、こちらの院に入るために、きていた。彼女はそういう秀才の雰囲気をすこしも見せないのだけれども、たぶん相当努力家で優秀なひとなんだと思う。

4月、その委員会の部屋にいったら、
韓国の男性一人、韓国の女性が一人、
プーンちゃん、わたし、タクヤくん
という5人でグループが組まれていた

2,3回はこの5人で会っていたのだけれども
プーンちゃんが全然ついていけてなくて、
いつもニコニコしているだけだった。プーンちゃんは純粋で、笑顔がステキで、美人だった。
一人称の事を「わたくしは」といつも言った。


1か月後ぐらいに委員会の人(といってもこれも学生)に言われた
グループを、わけましょうか

韓国の男性一人、韓国の女性が一人と、経済学部のタクヤくん
プーンちゃんと、わたし。
それで、グループはふたつにわかれた。

タクヤくんはその日授業か就活のと都合できてなくて、
その夜電話があって、委員会の人になんていわれたの?と
きかれたので私はそのように答えた。
それっきりタクヤくんには会っていない。
1年後ぐらいにカノジョらしき人と手をつないて東門の前を歩いているのを見かけた。

グループをわけたあと、正門から喫茶店に私と二人で向かうプーンちゃんはなんだか嬉しそうだった。
それから私は毎週プーンちゃんにあうようになった。



当時(グループを分けた韓国人留学生たちと比べて)
彼女はなんであんなにも日本語がしゃべれなかったんだろうとおもっていたのだけれども、
自分がロシア語を勉強するようになったいまならわかる。


(2005/夏)

coloro at 23:02│大学時代 | 外国語