カリーニングラード察知

2017年05月09日

タシケント

わたしにとってのはじめての旧ソ連はウズベキスタン(タシケント、ブハラ、サマルカンド)で、お腹壊してもうそれはそれは大変だった。


と言う話を今日職場でしたら、
きっと市場で色々食べたのでしょう、と82−86年にタシケントに住んでいらした先輩がおっしゃったのだけれども、

(82年というのはゴルバチョフの前の前のまえの書記長(つまりブレジネフ)がなくなった年だとその人は表現した。さらにそのタシケントにいたときはチェルノブイリの大混乱で、なにがなんだかわからなかった、と)

それはヌレギヌでほんとうになにもたべてない段階で大変だった。

やっぱり真夏の灼熱のなか突然夜行でブハラまでいったのがいけなかったのかしら。

というか86年にタシケントに住んでいた大先輩Tさん(日本人女性)の過去がもっと知りたい。
SSSR時代。



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