さて風の人が不思議な形をした自転車でひゅうっとタリーズ前に現れた日、

わたしたちはビールをのみ、

お会計の伝票をもらう

あ!

と大きな声を出す

お金をおろしてくるのを忘れたといって、彼は小さなお札入れを見せてくれた。いつも手ぶらで現れるので、最小限のものしか持ち歩いていない。

お代は3000円ぐらい。

もちろん私が払っても構わないのだけれど

カードでいいですか、と店の人に言っていたので

このままお会計は殿方にお任せすることにする

結局私からは1000円ぐらいしかもらわなかった。

仕事の話を伺うために、はじめて緑のコーヒーショップで会ったときも、

私が気づかないうちにお会計を済ませてくださっていた。



彼のお店は日曜日まで、出店しているという

タイミングが合えばお店見に行きます、と言って、その日は別れた。

2日後の日曜日の午後、夜まで時間があったので、私は彼のお店へ行った。

その日のお店は露店だった

彼はどこからか電源をひいており、電気ポットを持ってきていて

お茶、飲む?

と沸かしてくれた。手袋がないと寒い青空市場である。

砂糖もミルクもないんだけどね、と紙コップに入れた濃い目のブラックティーを渡してくれる

それを飲みながら、彼のお店に荷物をおいたまま、ほかの露店のお店をぐるっとまわって戻ってくると、

今度は「ワイン、飲む?」

といって、私に下を指さす。

足元の小さな絨毯の上には、ほとんど飲み切ってしまった750mlの赤ワインボトル。

いただきます、というと、

どこからかまた透明のコップを出してきてくれて、

ハイ、と注いでくれた。

ちなみに彼は私がお酒を弱いことを、知っている。通りがかりの客人にチャイを出して、お酒をすすめて。どこかで経験したことあるなあ、なんだっけ、とおもったら、これ、アルメニアの人のおもてなしである。

アルメニアの人っぽいですね、っといったら、

そうだっけ、そうかもね、と。彼もエレバンに仕入れに先日いっていたので、そういうおもてなしを受けた経験があるのだ

以前話していた孔雀石の指輪を、フラジールと書かれたスーツケースから探し出してきて、はめさせてくれる

それで、先に書いた十字架のネックレスのディスプレイを見たら

ちょっと泣きそうになった

これも値段を聞いたら、ちょっと信じられない数字を言った

安いですね、と言ったら、あんまり高くしても売れないからね、と。

つけてあげようか。ちょっと下向いて。

僕のところ、鏡ないからさ、隣のお店の鏡借りて見て。

それで隣のお店の鏡を見てたら、隣の主人がやってきた。

すみません、勝手に鏡、借りてます。

そういったら隣の主人も「ああ、どうぞどうぞ」

とあっさり言った。

そういう関係が、ちゃんと、風の人と、出来ているらしい

風の人は仕入れたものを、他人の鑑定には出さずに、自分でその土地の博物館と美術館と文献を、しらみつぶしにあたって、仕入れ時の言と、売るときの説明を、一致させている

そういうわけで、ビザンチンの十字架と、ガラスビーズのネックレスを、買った

安いとは言っても、このビーズと十字架が経てきた年月に対して安いという意味であり、もちろんお小遣いで買える値段ではない。

万一飽きて転売したくなっても、これは風の人でなければ売れるものでもない

それでもやっぱり買いたい、と思うのは、その品物が気に入ったのはもちろんだけれど、はじめて会ったときから風の人は私の遠い憧れで、この人に風の人を続けてほしい、と思うから