恩師と恩師と

2017年05月29日

新緑のベンチ


『(つきあっていた彼のこと、)全然好きじゃなかったことに気づいてしまった。だから別れた。』

友人Aとあった時に、彼女はそんな事を言っていた。


私の好きな人(わたしはこの人を「風の人」、と呼んでいる)はものすごく忙しい人である。
ロシア関係の仕事で知り合ったのだけれども、
仕事でホボ日本にいない。彼はフリーランスなので自分でそういう選択をしていてそういうふうに生きている。

一昨日、彼と共通の友達2人に会った時に、口を揃えて言われた。

(人としてはすごくいいひとだし魅力的な人だけれども、パートナーとするのは)『つかれるよ』と。

共通の友人2 人ともその人のことが大好きだとおもっていたから(もちろん人としてて大好きなんだと思う)その発言はわたしにとってとても意外で、ちょっと面白かった。

『ちいさな子どもがハルカにいたとして、一生懸命育てている所で、旦那さんはほぼ海外にいる。とてもつらいと思う。』

カーチャは言った。
ちなみに日露通訳のカーチャには子供が2人いて、旦那さんは年の半分以上仕事で海外にいらっしゃる。カーチャのご実家が近くにあって、カーチャが通訳の仕事で家をあける場合はお母様かお父様が小さな子供の世話にやってくるそうだ。


先日、私は、
とある大企業に勤めている、30代の男性を紹介してもらった。
週5日働いて、残りの1,2日は必ず休みがあって,9時から5時の仕事で、お給料もそこそこあるだろうひとで、タバコもギャンブルもしなさそうで、感情的にも安定しているだろう人。

笑顔の爽やかな、すごくいい人だった。こういう人とご縁があれば子供を3人ぐらいうみそだてて、穏やかな家庭を作れるんだろうと思う。

わたしは3人兄弟だ。自分もそうなりたいと思っている。子供をいつか3人うむつもりでいる。
わたしのおばあちゃんには孫が10人いた。自分もそうなるつもりでいる。
でもそのいつか、はそろそろそういう事を考えないと子供3人って自動的に出来る訳ではないっていうことがだんだんと現実味を帯びてきた。


そのお見合い(?)の方はもう一度会ってみたいと思っているのだけれども、
実家がゴタゴタしていて今そういう新しいご縁を作るエネルギーが今じぶんにあんまりない。

『ロシア語喋れるんですね、ていうことは英語もしゃべれるんですか?一体何か国語喋れるんですか?』

この彼に罪はない。
ただし、わたしは一人でウズベキスタンとか、しかも首都ではなく夜行でいかないといけないブハラとか、行っちゃうような女である。


それを土曜日にお目にかかった、空の仕事をしている男性の先輩に話したら、
『価値観の問題ですよね』、といつも冷静で優しいその方は仰った。
価値観がおんなじぐらいの人と一緒になった方が楽だし楽しい。変な人なら同じぐらい変な人と一緒になった方がうまくいく。と最近ニュースに出ている、とあるカップルの事例を出して仰った。


昨日、『辛いとか、くるしいのほうが多くになればやめればいい。』と言われた。


昨日、NHKスペシャルを見ていた。
普段全くテレビをみないのだけれども、なんとなくつけたら、普通のニュースでは報道されない、PKOの南スーダン派遣の話をやっていた。民族紛争のなかで死を覚悟し家族に遺書をかく隊員たち。
仕事で離れ離れになる家族っていっぱいいる。



その風の人とは10日間の日程の日本滞在中、
結果として5分、二人で会う時間ができた。

頼んでいた事とは別に、わたしの好きなロシアでしか買えないお菓子も、わざわざとっておいて、おまけでつけてくれていた。わたしにあげるのではなく彼が自分で店でうってしまった方が高く売れるのに。
多分、この人なりのキモチの表現なんだと思う。

いつものようにタリーズで待ってて、
自分用にアイスコーヒーを買って、待っていた。
自転車でひゅうっとやって来て、わたしたちは駅まえの大きな垂れ桜のわかばの下の石のベンチに座った。ほっ。と垂れ桜の緑をふたりで見上げる。
そうしてざわざわばばっ。と近況を話して、聞かれて、又自転車で去って行った。12時半までの間に3件用事があるんですって。

私自身の感覚には、わかばのまぶしさが、残った。
ちょっと冷房が効きすぎていて薄暗いコーヒー屋の店内で会うよりも、それは美しい記憶になる。
一瞬しか会えなかったざわざわと、5月のわかばのまぶしさ。価値観の合うこの人と会うのがいつも楽しいかどうかは置いておいて(だって一ヶ月に5分しか会えない)、
すくなくともいつも美しい記憶がのこる。

coloro at 14:01│日記 
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