外国語

2017年01月27日

ずっとずっと、そうしたかった。わたしにとっての外国語のこと。

わたしが東京にいる理由。
というのを最近よく考える。

そのひとはもうすぐ発つ、
と言っていた。
成田空港のHPをみると、
モスクワ経由ローマ行きとあったので、
この便のことだとおもう。

不思議な形の自転車に乗って、
「じゃあまた、そのうちに。」
といって、わたしたちは別れた。

たぶん来月の今頃にはまた連絡をくださるとおもう。
あるいはわたしから連絡すると思う。
「東京、まだちょっと、くるしい。」
「でも、ここに住むんでしょ。」
このひとはじぶんの場所はじぶんできめていいということをいつもおもいださせてくれる。

わたしが東京にいる理由。
というのを最近よく考える。
わたしはおいしいお魚が食べられないと生きていけないと思う。
実家があること、家族がいること。

便利が半分、不都合半分。
どこにいてもそうだろう。


最近、日本語と外国語両方を勉強しなければならない。と痛いほどに思う。

先日、先輩Tさんにとある文書のファックスを「これ読める?」と見せられたのだけれど、
わたしそういうの一切読んだことがなくて、全然わからなくて、
どうしようかと思った。

訳してくれたのだけれど、聞いてみたら内容はとっても簡単だった。
別の試験直後の話で、
わたしは頭の中が日本史になっていて、その分野の装飾とか手紙で使われる表現を知らなかっただけみたいだ。

それで家に帰って、その日は死んだように眠り、
数日後図書館でその分野についてのテキストを取り寄せた(それは区立図書館とはまた別の、保存庫というところにあった)。

ケンタッキーでウーロン茶をのみながらそれを昨日ぱらぱらひっくり返してみたら、
語学の才能云々ではなくその表現を知っているからないか、
ただそれだけである、ということがわかった。
恋い焦がれていた外国語はわたしにも平等に開かれている。


なお外国語、とりわけロシア語の勉強をつづける意味みたいなのを最近かんがえていたのだけれど、
でもやっぱり私のツイッターの半分以上はロシア語またはロシア(語)、
外国語の関係者のつぶやきで、
そしておがわの兄さんが、「日本語だけで情報を取って生きるのはもはや危険」というのを以前友人の女子大学生に話していたのを思い出して、
そしてやっぱり帰国後のわたしをささえてくれているのはロシアで知り合った友人たちと、
その美しくて豊穣な視点で、続ける意味とかそういう悠長で高尚な次元ではなく生命危機という意味で海外の視点をとって生きないと危険という、
そもそもの話を、思い出した。
英語はわたしじゃなくてもたくさんのひとがやっている(いろいろあって仕事でもたぶん使うのでやらなければならないのだけれど)。
日本はアメリカ文化圏のなかなので黙っていてもアメリカよりになる。というのを20歳のころの香港行きのキャセイパシフィックで、読んだのを思いだした。

忘れもしない、米原万里さんの本。
英語とロシア語と日本語しかわかんないなんてじぶんはなんて視野が狭いんだとおもう(それでもあんまりわかんないけど)。


師匠とメールをした。
語学の師匠ではなく、わたしを巫女みたいなものに育ててくれた方。
「ロシア語はあなたに必要、と云いますか…あなたに求められているものだと思います。」

とおっしゃった。


昨年、ロシアから帰国した直後、わたしは2週間ほど、
実家の自分の部屋を掃除していた。
巨大なゴミ袋4つ分ぐらいは捨てたとおもう。
大学時代のゼミのレジュメも処分した。
10年見返さなかったから今後もほとんど見ないだろうとおもうから。
尊敬する教授の生き方、思考と、記憶は全て頭の中にある。
20代前半の時に使っていた手帳が出てきて、パラパラとめくって見ると、
わたしはずっとずっと、言葉を扱っていきたい、
できれば外国語も扱って生きたい、ということが書いてあった。
ずっとずっと、言葉で食べていきたくて、でもそうする自信がなくて、
踏み出す勇気もなくて、才能がある気もなくて、20代の頃のわたしはずっと、悩んでいた。
その何年かぶんの手帳は捨ててしまったのだけれど、
それが確認できただけで掃除をした意味というのはあるようだ。とっておけばよかったかなあ。

でも言葉で生きたい、というメモは私の手帳の中に、本当に当然のように、
まるで手帳の表紙とか紙に印刷された模様のように、書きちらされていた。


その人はいつもと同じく、
風のように去っていった。
庭の梅が咲いた。
写真を撮って、その人に送ろうと思う。
Весна пришла. (春が、来ました。)

coloro at 01:32|Permalink

2016年11月23日

サーレップ

イスタンブールでサーレップを飲んでいた時に見た人たち。
はじめてみた彼等の服装を見て、
なぜか親が見合いの話を持って来た日の事を思い出した。電話をかけてきた祖父の遠縁のなんとかさんは厚意だったのだと思うけれど、
自分はながく知ってる人じゃないと同じ空間に二人でいるのすらほんとうにひどくダメなので、それは私にとって恐ろしく恐怖だった。
自分が見たこともない異民族の服装をした人がある日突然ウチにやってきて、
明日からあなたのだんなさまなのよ。
といわれる女の子は世界のどこかにたくさんいるわけで。見合いを断ることも選ぶこともできる自分は幸せである。幸せか不幸かの基準ってなんだろう。祖父のお弟子さんの忘年会に行くのだが二回に一回はお弟子さんの誰かが誰かを紹介してあげようと言われるのでこれも上に書いた理由で気が重い。

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coloro at 19:27|Permalink

2016年10月05日

しかも世界の言語はこれだけじゃない。

・フランス語とドイツ語をちゃんと勉強しておけばよかったと最近思うことが多い。しかも世界の言語はこれだけじゃない。
・なんでわかんないのかわかんなかったんだけれど自分のглагол+что.чего.чему....が雑なんだとやっとわかった 
与格複数だからまた別の意味に変わってた。
・あとトルコの人にメールをしたら、全然違う人からマレーシアに来ないかと連絡が来た。
やっぱり誰かわたしに魔法をかけた?
・ケーキ屋のおにいちゃんに韓国人とか中国人に間違ってゴメンね、って謝られた。日本人からすればわかるけど、ロシア人からすれば普通わかんないから別に構わない。
・走って出かけたけど渋滞で負けた。2勝2敗。(あまりチケット)
・ワサビの話を読んだけれど私はこの国で外国人であることの差別的発言をされたことは一度しかない。ロシア語ができないことによる粗雑な扱いはそこそこあるが相手はソビエトのおばちゃんだから怒っても落ち込んでも仕方ない。あるいは自分の発音が悪い。
・とはいいつつ京大のS君は警官にカツアゲにあった(見た目がアゼルバイジャン系で車に連れ込まれたらしい)
・グルジア人とアルメニア人とアゼルバイジャン人は互いの違いがわかるのだろうか。わかるんだろうな、たぶん。

coloro at 11:53|Permalink

2016年06月05日

シルヴィギエムさん

バレリーナのシルヴィギエムさんって、母校某学園にいらしたことなかったかしらん。当時は何が凄いのか何にもわからなかったけれど。

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通訳・翻訳家のカーチヤさんの家に遊びに行ってきた。
色々カンゲキした。
なんと水木しげるさんの『のんのんばあとオレ』も既にロシア語に訳して脱稿していらっしゃるらしいが、出版社がお金がなくて出版になっていないらしい・・・!なんたること。はやく、出して!

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家のネットが壊れて、シャワーのお湯が出ない。あったかいベッド、あったかいスープ。家の本来の意味にたちもどる。笑
ーー
パスポートを持って朝から二回メガフォンのオフィスに行って、シムカードを変えてもらって、
お金が無意味に引き落とされてるのを返金交渉して、
「通常2日ぐらい、最大1週間使えません」といわれて、
結局週末なんにもできなかった、、。
30ギガバイト使い切るたびにこの騒ぎ。
「次回1か月以内に使いきったら、自分でネットからじゃなくてオフィスにきた方が良いね」マイページの意味ないじゃん。
金額倍でもいいから容量二倍のプランつくってほしい。

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きょうはカワイイ後輩のエントリーシートを見ていた。
OL時代の最後は人事部。採用やらなかったけれど。
「エントリーシートがうまくかけない」と嘆く彼女に、
諸々の返信で私はこんなことを書いたのだけれど、
むしろ返事の宛先はそっくりそのまんま今の自分に向けられる。
10年近くの経験で培った・いろんなひとたちに育ててもらった技術をそんな簡単に書かれてもらっては、私も困る。
そうして自分もいま先輩に日本語を教えてもらっているし、
先輩たちに外国語を教えてもらっている。伝えるって難しい。
ーーー
は:
キャリアセンターの人や私とか、
〇〇ちゃんと10歳ぐらい違うわけで、
社会人経験で10年かけてそういう視点を培ったり育ててもらってきたわけで
若い〇〇ちゃんがそれを今できない・そうすることが今しんどいこと自体は何も問題なくて、
必要なのは身体を壊さないように今は気を付けて、
自分が考えていることとか、やりたいことを説明して、
周りの大人や先輩をうまく利用して、形にするのを助けてもらうことだ思います。
だからキャリアセンターにいったり、わたしに連絡くれたりす〇〇ちゃんは偉いと思うよ^^
とりあえず明日はおいしいものを食べるか、のんびり遊んでいらっしゃい◎

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coloro at 19:14|Permalink

2016年05月23日

12年くらい前に

12年くらい前に
サイマルアカデミーの翻訳に通っていて(英語)
商業翻訳の成瀬先生が
英語翻訳を仕事にするというのは10,20年かかるもので
突然この業界に入って仕事したいというのは、入団してすぐ劇団四季の舞台にあがりたいというようなもの
みなさんあと20年生きても今の私より若いわけですから
この調子で頑張ってくださいね
とあたたかくおっしゃった
ほんとうに美しい訳文を書く方だった
久しぶりに会いたいなあ

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22日

満月の頭痛がいたくて昼寝から目覚めたら、
(Forbesの訳文を)さっそく明日掲載します。というメールが届いていた。
ほえーっ。


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coloro at 19:34|Permalink

2016年03月03日

いったい何年勉強してるんだ

いったい何年勉強してるんだ(6年ですよ)
といわれて絶望的な気分でかえってきたら
バスにオリガ先生がいて、わたしたちは一緒に帰った
あなたは発音もとてもいいしわたしたちだけのときはそんなに綺麗にしゃべるし文法もあってるのに
どうして授業中は黙っているの、今日のあいつは厳しいって有名なんだからなんにも気にしなくていいのよ、語族の全く異なる外国語を勉強することがどれだけストレスで時間がかかることかわたしはわかるわ、と、といわれた。バスで泣いた。
わたしだったら日本にすむなんてкошмарだもの、と。←笑
もし通訳になれるなら、この苦しさがあと10年続くのだろうか。
オリガ先生はニーチェの格言を引用した。
He who has a why to live for can bear almost any how.
どうやら、やめちゃだめらしい。

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coloro at 11:11|Permalink

2014年02月25日

あった!!!!!!!願いはかなう!

なんとかして明日までに⭕⭕⭕語(某東欧語)の入門的な書物をチラ見したいのだけど、こんなときに図書館は短縮営業。。とりあえずクリーニング屋に走ります。




あった!!!!!!!願いはかなう!
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coloro at 17:34|Permalink

2013年09月15日

「外国語」(つまり英語)

中央アジアから帰国したばかりの友人が「外国語」(つまり英語)を勉強したいというので、二人で淳●堂にいく。●●●語の勧誘に失敗する。
NHKの「やさしいビジネス英語」の高橋修三編(杉田先生のちっとも優しくない感じがミソ)を紹介したけど、
聞いて楽しいのガイイ!CDつきで!
と言うので(所謂「その他の外国語」の●●●語を日々学ぶ隠れキリシタンな私にはゼイタクな発想である) 、
私の脳内書棚を総動員して、大西泰斗さんの英語のバイエルを紹介して、お買い上げいただいた。回し者じゃないけど、かえってアマゾンをみたら、レビューも高かったので一安心。ふう。

coloro at 23:50|Permalink

2013年03月28日

日記

翻訳の仕事をすべく「実践ビジネス英語」を聞いていたら
スギタ先生が英語のネイティブのような日本語をお話しになっていた
まるで「東先生がロシア語なまりの日本語をお話しになっていた」伝説のよう

coloro at 23:49|Permalink

2013年01月04日

「長崎産寒鰤の照り焼き定食」

「長崎産寒鰤の照り焼き定食」
が英訳できなかった
美味しいのにくやしい。

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coloro at 23:12|Permalink