ロシア語とロシア語圏の日々

2017年06月06日

ウズベキスタンの記憶

サマルカンド・レギスタン広場



タシケント市内のカフェ

牛の舌

じゃがいも

兄弟

サマルカンド、Sherdar Madrasa

サマルカンドのティムール像

サマルカンド,シャーヒ・ズィンダ廟群

ブハラ

ブハラ・カラーンミナレット

ブハラ・カラーンミナレット

ブハラ・カラーンミナレット

ブハラ・カラーンモスク

ブハラ・カラーンモスク。世界で一番好きな場所。



coloro at 09:05|Permalink

2017年05月09日

タシケント

わたしにとってのはじめての旧ソ連はウズベキスタン(タシケント、ブハラ、サマルカンド)で、お腹壊してもうそれはそれは大変だった。


と言う話を今日職場でしたら、
きっと市場で色々食べたのでしょう、と82−86年にタシケントに住んでいらした先輩がおっしゃったのだけれども、

(82年というのはゴルバチョフの前の前のまえの書記長(つまりブレジネフ)がなくなった年だとその人は表現した。さらにそのタシケントにいたときはチェルノブイリの大混乱で、なにがなんだかわからなかった、と)

それはヌレギヌでほんとうになにもたべてない段階で大変だった。

やっぱり真夏の灼熱のなか突然夜行でブハラまでいったのがいけなかったのかしら。

というか86年にタシケントに住んでいた大先輩Tさん(日本人女性)の過去がもっと知りたい。
SSSR時代。



coloro at 00:24|Permalink

2017年05月05日

カリーニングラード

昨年の4月頃から、お肉がまったく、食べられなくなった。それまで、昨年の3月位までは、ばくばく食べていた。

昨年の4月の頭に、ちょっとロシア国内で旅行する必要があって(ロシアというのは面白いところで、滞在登録で書類上のトラブルが起こると、違う土地に一度飛んで、登録をリセットしたりする)、なんとなく、世界の琥珀の大産地「カリーニングラード」に行った。ロシアの飛び地である。カリーニングラードの中央市場はそれまで行ったどこよりも「部品」と血飛沫が大きかったせいかもしれない。血だらけのぶたさんの顔面とか、毛をむしられた生のウサギの前身とか、売っていた。

写真は勿論とれなかった。撮ろうとすると売り子のおねえさんたちが大声で怒った。

その後おにくが全く食べられなくなった。一生分のお肉を食べてしまったような錯覚に陥って、機内食のハムサンドのハムすらつまみ出していた。

肉の塊がぶらさがっているような、大きな市場に行かなくなって、白いプラスチックのパック詰めのお肉がスーパーでかえる国に戻って、数か月して、お肉がまた食べられるようになった。

だいたい食べられなかった期間は半年ぐらいだろうか。

日本のとあるところに「と殺ワークショップ」なるものがあって、生きている鳥をしめて食べるというワークショップがあるらしい。ワークショップの題材となる鶏さん、解剖実験に使われるカエルさん。




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カリーニングラードに飛ぶ図。


以下はカリーニングラードの写真



















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琥珀博物館で売っている琥珀。

琥珀の大産地カリーニングラードで買うより、バルト三国の各首都の琥珀店かクリスマス市で買う方が質が良いものが手に入る。













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脂身のたっぷりついた豚肉。サーロという豚の脂身の塩漬け料理を作る。


















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じゃがいも。


















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巨大ブラジャー























coloro at 00:25|Permalink

2017年03月30日

琥珀のひまわり

以前書いた、ビルニュスのクリスマス市で買った、琥珀のひまわり。

私はロシアでもバルト三国でも兎に角とにかく琥珀ばかり見てきた。

約30€。


ちなみにもう一つ、タリンの普通の琥珀の店で買った彫刻のネックレスは120〜130€はしたと思う。これも琥珀の彫刻が欲しいと言った母用に買ったのだけれども、母はひまわりばかり身に着けているので結局私が身につけている。


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coloro at 16:01|Permalink

2017年03月26日

ソビエト時代の鏡

ソビエト時代の鏡を譲っていただいた。

薄い鏡、一点の曇りのない鏡は、現代ではいくらでも手に入る。きてくれてありがとう。



coloro at 08:45|Permalink

お皿

お皿を買った。

1980年代製。MADE IN USSR とかいてある。

ロモノーソフのインペリアルポーセレンの茶器は現在もサンクトペテルブルグで沢山売っているのだけれども、ヴィンテージのモフモフした茶器は、現代のそれよりも優しい光を放つ。



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2017年03月24日

キエフの足

昨日の報道によると、ロシアの元国会議員がキエフで暗殺された。ウクライナの首都。事件場所は中心部の大きな高級ホテルの前、白昼。報道の写真は亡くなった人の足がにょきっと、そして銃で撃たれたその方の血が道路にしみていた。流れ出た血は清掃夫がデッキブラシで掃除するのだろうか、ホテルのスタッフがホースの水で流すのだろうか。

キエフ、住むのもありだよね、と話していた。旧ソ連圏でどこが一番良かったかと問われたら、キエフはトップになると思う。とても美しいくて、ひなびていて、ちょっと不便な感じがいとおしい。地下鉄の緑色のジェトン、突然熱湯が噴き出す、ホテルのシャワー。おいしい牡蠣、おいしいビール。美しい教会と、美しいモザイク。そういうことが起こりうる日常。

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2017年03月19日

ウクライナのワイン

ウクライナのワインをあけた。2015年。ラベルの裏にはウクライナ語で『チョコレートに合います』と書いてある(推定)ので二人でチョコレートを買いに行く。
ウクライナ、オデッサ地方のコヴォレボというワイナリー。ラベルによるとフランスのワイン名産地のボジョレー地方と同じ緯度という(これもウクライナ語と地図から推定)。

来客に料理を作り、花をいける

料理ってちゃんと計算されたレシピに忠実に再現すると美味しくできる。というのがよくわかった。アレンジはそれから。




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2017年03月07日

кольцо (指輪)

推定1500歳の指輪を買った。
クリミア半島の東、クラスノダール地方、サロトフ文明( салтовская культура ) 、推定5-8世紀。シルバー、おそらくガラス。光をあてると薄い紫色。

サロトフ文明、と検索しても出てこない。日本人で研究している人がいないから。

二つ見せてもらって、こっちのほうが似合うよ、という店長の言葉。

色白さんに似合う。



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2017年02月23日

プーチンさんの顔シャツ

モスクワのシェレメチェボ空港の駅ビルにて、Крым нашとかかれたプーチンさんの顔シャツを見つけた。「クリミアは我々のものだ」

どういう時に着ればいいか昨日から考えてるけど答えが出ない。デートの時とか。



カザン聖堂の前の郵便局から先日発送した、国際郵便。荷物の1便が実家に届いたそう。奇跡の14日。почта России を見直す。大家さんのオレグが明日夕方、私の借りているクバルチーラ(アパート)の点検に来るので何が何でも今夜荷物に目処つけて明日また郵便局とタタカワなければならない。5000ルーブル札崩すのもタタカイ。ふうう。プーチンマトリョーシカとロモノーソフのチューリップシリーズが欲しい。

(2016.11.25)

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